title
home ny便り products BIN KUSUYA BBS LINK
☆カーソルを近付けると写真が替わります
見渡す限りのとうもろこし畑
☆フィラデルフィア駅
 
 
家の1室に村人たちが集まり祈りを捧げる
 
色合いの地味な衣類
☆シンガー足踏みミシン
 
調理用ストーブは薪が燃料
☆洗濯用タライと洗濯板
 
女性用ドレス
 
天日干しの洗濯物
☆男性用帽子
 
☆車道を行くバギー
 
村にひとつある学校
☆風車は重要な動力源


             § アーミッシュ §

映画で観てから気になっていたもの、いまひとつはアーミッシュという人たちである。

ハリソン・フォード主演の「目撃者――ジョン・ブック」という映画にケリー・マクギリス扮するアーミッシュの女性が登場するのだが、現代文明をことごとく拒否して、昔ながらの自給自足の生活をしている。

電気、水道、ガス、車といったものを使わず、ランプ、井戸水、薪、馬車で暮らす。生活は質素倹約を極め、村社会の掟に従って生活が成り立っている。一般社会の人とは交流を避け、婚姻も部族の中でだけ繰り返されるという。

映画で観たその現実離れした生活が印象的であったのだが、ニューヨークからさほど遠くないところにアーミッシュの村があるというので出かけてみた。

マンハッタン、ペンステーションからアムトラックで1時間半、独立宣言の街フィラデルフィアに到着する。そこから車で約1時間、ペンシルバニア州ランカスターにアーミッシュ村はあった。

現在アメリカの28州に20万人のアーミッシュがいるそうで、そしてここペンシルバニア州には1万8000人のアーミッシュが住む。

アーミッシュはもともとキリスト教プロテスタントの異端、メノナイトの一派であった。17世紀のスイス、アルザック、ドイツでヤコブ・アーマンという人についてメノナイトを離れたのがアマン派(アーミッシュ)となったそうである。そして宗教的迫害を受けた彼らは同じ平和主義のクエーカー教徒であったウィリアム・ペンの誘いを受けてアメリカ、ペンシルバニアに移住したという。

このペンシルバニアという土地、チャールズ2世に貸していた借金のかたに、当時イギリスの植民地であったアメリカの一部をウィリアム・ペンが譲り受けたのだそうだ。「シルバニア」というのは「森」を意味するのだそうで、広大な森があったこの辺りに名前をつけ「ペン家の森」、すなわち「ペンシルバニア」となったというわけである。

ところでヨーロッパ、ドイツ地方出身のアーミッシュの人たちはドイツ語を話す。そして絶対平和主義で武器、暴力を否定する

男性の服装は衿なしのシャツにズボンなのだが、暴力を否定する彼らはベルトは軍人を想起させるという理由から吊りバンドで着用する。ボタンも軍服に見えるのでホック、あるいはピンで留める。

女性は裾まであるワンピースを着るのだが、それとてファスナーやボタンは一切なし。すべてマチ針のようなピンで留める。子供の頃から毎日繰り返しているから、毎日毎日の仮縫い作業のような着衣を短時間でこなすのだそうだ。衣服の色も決められていて無地、白、黒、青、緑、紫、ラベンダー、のみ。洗った衣類が色別に規則正しく干されているのも興味深かった。

移動はバギーと呼ばれる馬車を使う。畑を耕すのもトラクターなどの近代文明はだめで、すべて馬に農機具をひかせる。時間の短縮、利便性とはかけ離れた、人間の原始の生活がそこにはある。

水は井戸から風車を使ってくみ上げる。それを樋を使って家の中に導く。牛を飼い乳を搾る。自分たちが耕した畑で作ったとうもろこしや酪農で生産したミルクを売って、必要なものを買う。物流の一面だけは現代の社会との交流がある。

アーミッシュの人たちは子沢山らしく1家族10人から15人、おおよそ20世帯が集まってひとつの村を作る。

そして村にひとつの学校がある。ひとつの教室に全ての学年を集めて、村の若い者が子どもたちに教える。政治はなく、読み書き計算を憶え、教育の目的は「よいアーミッシュになること」だそうだ。

地域で発行される「アーミッシュ新聞」にも政治経済欄はない。ただ、どこそこの誰が結婚したとか亡くなったとか、部族の中だけの情報が掲載されている。

偶像崇拝をしない彼らはキリスト像を持たない。もちろん教会もない。それぞれの家が祈りの場となり、2週間に一度、村人たちが1軒の家に集まり共に祈る。そして偶像を否定する彼らは写真を撮られることを拒む。子どもたちが手にして遊ぶ人形も、目鼻のない「のっぺらぼう」である。

世界の首都ニューヨークシティから数時間の距離に、このような現代文明を否定した生活が存在することが不思議だ。しかし、いくら文明を否定しても隔離されているわけではないから、携帯電話もロックミュージックも若者の目や耳には届くはずである。

生まれた時にではなく、ある程度大きくなってから自分の意志で洗礼を受けるから、洗礼を受けていない若者はアーミッシュの村から出ていく者もあるらしい。しかしそうやって村を後にした若者も、現代文明に馴染めずに結局ほとんどの者が戻ってくるという。

大地を耕し喰い眠る。淡々とした「人の営み」がそこにはある。「名声(Fame)」という言葉は知らなくても「農場(Farm)」という言葉を覚えてよしとする。「よい大学へ入るため」ではなく「よいアーミッシュとなるために」教育を授けたアーミッシュの母たちを思う時、将来の夢も定まらぬ子を前に分厚い問題集を押し付けて子育てをしてきてしまった我が身が心に痛い。

私は子どもたちのお尻を叩く時、「よい人になるために」という思いを果たして持っていたのだろうか。


Back<< PageTop >>Next