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↑↓引越し段ボール箱の山
この頃は足の踏み場はあった

( カーソルを近付けると以前の部屋の様子になります)

 
ヤマト運輸の松本心平さん
彼の技術にかかると魔法のように荷物が梱包されていく。

(精神18肉体25実年齢44という松本さん。花嫁募集中です)
 
アパートメント廊下も荷物が占拠
 
このトラックで荷物だけ先に出発
 
遊び場がなくふてくされるビンクス


          § 持病について §

貧血がある。

健康診断をするたびに「ヘモグロビンが少ない」とひっかかる。治療として鉄剤が処方されるのだが、これを飲むと胃が痛む。で続かない。

それならば直接注射で摂取をと医院に通ったことがあるが、どうやら血管が出にくいタチらしい。その結果2週間もすると注射針で痛めつけられた血管があちこち破れて、肘の内側が濃淡取り混ぜた青痣だらけとなる。薬物中毒患者はかくあるやと思わせるような有様になってしまい、どうも見た目が悪いのでそれも長続きしない。というわけで万年貧血状態、ゆえに朝も起き辛いのである。

ところがこの「貧血」という病気、朝起き辛いということ以外、取り立てて普段の生活には支障を来たさない。食欲にも影響しないし、午後になると活力もみなぎってくるのでショッピングも映画も友達とランチにだって出かけられる。

まったく病人には見えないので家族は貧血を病気とは認識しておらず、よって、『おっかさん、お粥が出来たわよ』『すまないねえ…』などという、子が病弱な親を労わるシャボン玉ホリデーのような図式というのはまったく期待できない。

ま、朝が起き辛いと言っても、愛猫の為なら朝5時半の餌やりには起きられるし、もういっかい2度寝を貪ることが貧血に起因するのか、それともパソコンをいじって夜更かししているせいなのか、自分でも定かではなくなっていたところではあるのだが…。

災いは忘れた頃にやって来る――とはよく言ったものである。自分が貧血であるということを思い知らされる出来事が、数年に一度起こる。

先日来、いよいよ日本への帰国が決まり、引越し準備に忙しくしていた。所帯を持って25年になろうかという間に、実に引越しは今回で11回目を数える。元来、父祖伝来の手前勝手な完璧主義であるので、引越し荷物も人任せには出来ない。

私の座右の書、浅田次郎氏の「勇気凛々ルリの色」は全巻しっかりと荷物に詰めたが、夫の愛読書の経済なんちゃらという書籍類は古本屋に売り飛ばした。アン・テイラーのバーゲン台で買いためた服はTシャツ1枚までもきっちりと畳んで詰めたが、私の趣味に合わない男物は黙って捨てた。かような努力をして荷物を減らし、ようやく船便第1便の荷物137箱を出し終えた夜にそれは起こった。

マンハッタンの狭いアパートメントに137箱の荷物を積み上げていたから、アリの這い出る隙間はあったが、猫がボールを追って遊ぶ空間はなかった。積み上げた段ボールのてっぺんでふてくされる猫を宥めながら、朝から晩まで化粧もせずに家に篭って荷詰めをすること2週間、台所に立つ余裕もなかったので夕食は持ち帰り弁当などで凌いでいた。だから、栄養状態は最悪、それに反して気持ちは張り詰めていたことが災いした。如何に自分の身体が疲れているかということに気がつかなかったのだ。

夕食の後、ようやく空間の出来た部屋でほっとしながらお茶を飲んでいた。と、なにやら腹に差込みがきた。あれ、お腹が痛い…と思いつつトイレへ立った。便器に座るとたちまち痛みは怒涛のごとく押し寄せた。そして内臓を搾り出すような下痢に見舞われたのである。

臓器が痛むとどうやら血液は弱った場所へ集まろうとするらしい。よって脳への血流が少なくなる。それと共に視界がチカチカし始め、気が遠くなり始め、失神寸前の模様を呈する。そして更に悪いことには、脳の血流が悪くなるとどういうわけが吐き気を催すというダメ押しがつく。かくて、失神寸前の身体を便器に預けたまま、洗面器を抱え込んで嘔吐しながら、じっとりと脂汗を浮かべてウーウーと唸り声をあげ続けたという次第である。

後になって考えると、痛みを逃す為に過去2回の出産経験で習得したラマーズ法を試みたのだが、「はっはっふう〜」というその呼吸法は過呼吸により酸素を余分に体内に取り入れることとなったようだ。ただでさえ乏しい私のヘモグロビンは総動員フル回転をしても追いつかず、必然的に脳への酸素供給不足から失神寸前へと拍車をかけてしまったらしい。

元来、ラマーズ法というのは「いきみ」を逃すための呼吸法である。子宮口が開かぬうちに、痛みのあまりいきんでしまうと胎児に負担がかかる。で、子宮口全開、ここ一番という時まで痛みを逃すのである。思えば下痢便をひり出すことなど、本能のおもむくままに執り行えばいいのであって、どうも緊急事態に際して小細工を施してより深みにはまってしまったという観を拭えない。

繁忙期の精神的切迫状態は往々にして自己の身体的疲労度を感知する能力を麻痺させるようである。このような発作が数年に一度あると書いたが、前回はフロリダに渡ったばかりの頃であった。

フロリダで車を運転するには渡米後1ヶ月以内に現地のライセンスを取得しないといけないと聞いた。しかも歴代の赴任家族は皆が受験一発合格、英語で受験なんて誰ひとり苦にもしなかったというのである。

後で、これは先任者のジョークで、受験一発合格したものなどいない、皆さん英語で四苦八苦したという実情が解ったのだが、海外生活初めての当時の私はまだ何事にも余裕が無く、冗談をまともに受け取ってしまった。

今なら、1年間くらいは国際免許で切り抜け、捕まったら捕まったで居直ろうかいという厚かましさも身につけたし、遥か中学時代から英語教育を受けたにも拘らず英語が話せないことは、もはやネタで使うことにしている。しかし、当時はまだ初々しく、良妻賢母、品行方正を絵に描いたような私であったので、引越し荷物を開梱する傍ら夜な夜な必死で勉強したというわけである。そして受験前日、精神的ストレスによる嘔吐下痢貧血を伴う失神地獄を味わうことと相成った。

困ったことに年のせいか、この嘔吐下痢貧血発作が起こると不整脈が起こるようになった。鼓動が一拍跳ぶので何かの拍子に心臓が止まってしまわないかと不安になる。クソとゲロにまみれて事切れていたなんていうのを後になって発見されるのかと想像するだに恐ろしいので、万が一そういう姿を発見した場合は身体をきれいにして「エリザベス・アーデン5thアヴェニュー」の香水をふり掛けてから人を呼ぶようにと親友に頼んである。

と、ここまでの文章を読み返してこれを公表してもいいものか躊躇している。かようなシモネタはおっさんならともかく、いくらおばはんでもあんまりか。で、私ひとりの話題だと恥ずかしいので友人のネタをひとつバラすことにする。

学生時代からの親友Rは初めてのデートで食事をした後、自分の勘定を払おうと彼にクレジットカードを託したつもりが、間違って「大場肛門科」の診察券を渡してしまった。

持つべきは友人、彼女にも「痔病」、じゃなくて「持病」はある。

 

 

 

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