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練習船こじま

 
レセプション会場となった甲板
 
船のコックさんによるご馳走
 
「こじま」の装備品
 
短髪制服が凛々しい村瀬洋さん
 
平山恭子さんは地元呉出身
 
眼鏡が似合う池田博貴さん
 
笑顔の素敵な柿沼俊二さん
 
日没には国旗が降ろされた
日没には国旗が降ろされた
 
整列して国旗を見守る訓練生たち


          § 練習船「こじま」 §

が人を襲うことがあるのか?

答えは「YES」である。

1961年のイギリス、エルニーニョ現象によって海水温度が上昇した為に赤潮が発生、植物性プランクトンの1種であるケイ藻が大量にドーモイ酸を作った。その植物性プランクトンをイワシが食べ、そのイワシをが食べた。そしてこのドーモイ酸の毒で中枢神経が冒された鳥が人を襲ったという事件が実際に起こったのだ。

ヒッチコックの有名な映画「鳥」もこの事件をヒントに作られたそうである。

それではが人を襲うことがあるのか?

これも答えは「YES」である。

1987年の暮、カナダのプリンスエドワード島で、養殖のムラサキイガイ(ムール貝)による食中毒が発生した。被害者の食べ残したムラサキイガイを調べたところ、通常は含まれないはずのドーモイ酸が、多量に含まれていた。やはり赤潮によって異常発生した植物性プランクトンの1種、ケイ藻が大量のドーモイ酸を作り、それをムラサキイガイが蓄積したものと考えられた。被害者は207名に及び、死者も4名に及んだという。

「鳥」も「貝」も直接間接の差はあれ、赤潮の異常発生が引き起こした「負の食物連鎖」である。

現代社会における大量消費という生活様式を背景として、都市部を中心に産業排水生活排水などで海が汚染される。そしてそれが赤潮発生の原因となるのだが、これを改善しながら、人々の暮らしを守ろうと海洋環境保全に務めるのが海上保安庁である。

と、なにやら海上保安庁広報担当のような記事を書いているのには訳がある。

海上保安庁はこの人々の暮らしを守る「海洋環境保全」のほかに、密輸、密漁、密入国などを取り締まる「海上保安」、海難事故に遭遇した船舶や人々を救助する「レスキュー」、海の管制塔となる「航行安全」、そしてJICA(ジャイカ)などに代表される「国際協力」の5本の柱を基本として機能するのであるが、この多岐に亘る重要かつ難解な海上保安庁の仕事を、実際に牽引していく人材を育てるのが海上保安大学校である。

先日、この海上保安大学校で4年6ヶ月の教育を受け、その総仕上げとしての訓練を果たすべく、世界一周航海に出た専攻科の学生たちを乗せた練習船「こじま」が、ニューヨークに寄港した。海上保安庁の仕事を一般の人に知ってもらおうと、ニューヨーク在住の日本人外国人を招いてのレセプションが船上で行われたのだが、そこで清清しい若者たちに出会い、いたく感銘を受けた私は帰って早速、海上保安庁についてネット検索で勉強したという次第である。

夏の或る晴れた夕刻、ハドソン川に面したマンハッタンの第86埠頭に係留された「こじま」には、たくさんの人々が集い歓談する。普段航海のための厳しい実務が行われる甲板は、この日ばかりは生演奏のバンドが入り、賑やかなパーティー会場である。主計科に属されるという船のコックさんが自ら用意してくださったたくさんのご馳走や酒類も振舞われ、大勢の客たちそれぞれのグループに、待ち受けた訓練生たちがひとりひとり付き添ってもてなしてくれた。

私がお世話になったのは、航海科の村瀬洋さんである。

海上保安大学校の白い制服に身を包み、日に焼けた褐色の肌から白い歯の笑みがこぼれる。しかも短髪。「制服短髪」に弱いオバハンの頭の中には「愛と青春の旅立ち」で見たリチャード・ギアの海軍将校の姿が重なり、デッキで繰り広げられる音楽はスタンダードなジャズなのに、耳の奥に聞こえてくるのはジョー・コッカ−の渋いだみ声であった。

礼儀正しい村瀬さんは、「お飲み物は何になさいますか?」「お荷物、お持ちしましょう。」「何を召し上がりますか?」と至れり尽せりである。航海訓練の一環とはいえ、一所懸命素人の私を飽きさせないよう、専門的なことも解りやすい言葉に置き換えて説明してくださる。白ワインを頂きほろ酔い加減に調子づいた私は、律儀な青年を独り占めにして、呑みながら喰いながらの質問攻めを繰り広げた。

彼に伺った大学の生活はたいそう興味深かった。遠い昔に、ただ面白おかしい学生生活を過ごした私としては、規律と秩序に従った学生生活の様子に感心することしきりである。

まず、広島県呉市にあるこの学校、学生は全員学生寮に起居し、班を編成して規律ある団体生活を送るそうである。そして、「他の大学と多くの共通点を持ちながらも、広範囲にわたる海上保安業務の職責を全うする資質を培い、かつ、将来に向かって絶えず向上伸展できる資質を養成するために」という教育方針どおり、そのカリキュラムは基礎教育から専門的なものまで微細を極める。

例えば「基礎教育科目」では、哲学、文学、歴史学、法学、憲法、経済学、行動科学、数学、統計学、物理学、物理学実験、化学、化学実験、英語、英会話、保健体育、そして第2外国語として、ロシア語、中国語、韓国語から1科目選択、おまけに柔道、剣道から1科目選択という、一般大学全学部を網羅したような内容である。

それに加えて「専門基礎科目」では国際政治、政策科学、情報科学、情報処理実習、気象学、海洋学、実務英語、そして航海、機関、情報通信の専攻別に、海事系の知識習得へと発展していく。

「専門教育科目」ともなると行政法、国際法、民事法、刑法、刑事訴訟法、海上保安制度論、海上犯罪捜査論、犯罪捜査論演習、捜索救助論、捜索救助論演習、環境防災論、海上交通政策など、向学心のない凡人には目にするだけで頭が痛くなるような科目が並ぶ。

「訓練科目」でけん銃、武器、水泳、潜水、救急安全法、端艇、信号、逮捕術、総合指揮、「実習科目」で小型船舶基礎、通信法、基礎通信論、応用通信論、電気通信法規、通信実技、国際通信実習、これだけのカリキュラムを、学生は本科専攻科合わせて4年6ヶ月の間に習得するのである。

その後、知力体力ともに充実した彼らは練習船「こじま」に乗り込み、世界一周の航海訓練へと旅立つ。海上保安庁職員として日本各地へ赴く前の、総仕上げの実地訓練というわけである。

素人の私からすると、これはもう職務である。いや、一般大学とは違い、海上保安大学校生になった時から待遇は国家公務員、そして授業料は不要で月々給料が支給されるという彼らにとって、大学で学ぶということそのものが職務であるのに違いない。親に授業料を払ってもらって授業にも出ず、試験は借りたノートで切り抜けて合コン飲み会に明け暮れる――というどこぞの大学生とは気概がまったく違うのである。

おまけに毎日の生活を詳しく伺って驚いた。あまり驚いたので日課表を紹介する。

06:30 起床(整列・体操・掃除)
07:10 朝食
08:20 課業整列
08:40〜11:55 授業(午前)
12:00 昼食
13:00〜17:00 授業(午後)・サークル活動
17:00 夕食・入浴・外出許可
19:00〜22:15 自習時間
22:15 帰校門限
22:30 消灯

まず朝6時半の起床。いわゆる「総員起こし」である。

この「総員起こし」については私も苦い思い出がある。

私の父は、海軍経験者であった。16歳の時に行かなくてもよい戦争に、「お国の為に」という純真な気持ちはもちろんのこと、「女子にモテる」という16歳の少年にとっては最も重要な動機で志願、それから19歳までの月日を海軍で過ごしたらしい。

私と兄が子どもの頃、怠惰な眠りを貪りたい夏休みになると、「ソォーインオコシ!」と叫びつつ早朝から布団をはがされた。当時夏休みになると、町内のおとな子どもが集まって「ラジオ体操」が行われていたのだが、起きたてで『首が前に曲がらない』だの『グーがちゃんと握れない』だのとぐずぐず言いながら、ステテコ姿の妙に元気な父に引きずられるようにして近所の広場へ向かったものだ。

海上保安大学校においても朝の起床は「総員起こし5分前」という6時25分の放送から始まるのだそうだ。学校へ入学の頃は眠たくて仕方がなかったが、慣れてくると眠くても身体が反応して即座に目覚めるようになったという。しかも起きたらすぐに寝具を畳み、シーツも手アイロンでピシッとさせて「起床整列」に備えるそうである。

授業前の「課業整列」というのに至っては、授業へ向かう前に学生が整列し、隊列を組んで行進しながら各教室へ移動するという。そしてこれら日課の時間遵守の根底には「5分前行動の精神」というものが奨励されているそうである。

す、素晴らしい…。我が辞書に「5分前行動の精神」という言葉があったなら、マイ人生も、ちと違っていたかも知れぬ。バスに乗り遅れて父に学校まで送ってもらいながら、始業チャイムと共に校庭を車で突っ切って呼び出しをくらうということもなかっただろうし、入社試験の当日に電車に乗り遅れて父に一方通行道路を逆行させ、司直の制裁を受けるということもなかっただろう。

お父様も海上保安庁に所属されるという村瀬さん、やはり子どもの頃は父親の転勤にともなって日本各地を転々とされたそうである。ひとところに長く居られず、友だちと仲良くなった頃には次の赴任地へと移らなければならない、子ども心に寂しい思いを少なからずしたはずである。それが何故父親と同じ職業を選んだのかと尋ねると、『父の背中を見て育ったからです。』とはっきりおっしゃった。

子は親の背中を見て育つ。我が身を振り返るとこの言葉は痛い、非常に痛い。しかし、子育て終了に近づいて、海上保安大学校の規律正しい若者と出会ったのは、天の啓示かも知れぬ。思い立ったが吉日、今日より若い日はない、もう一度子育てをやりなおし、しっかり「5分前行動の精神」を子どもたちに叩き込もうと考えた。

「総員起こし5分前」を高らかに叫ぶために、「総員起こし5分前」の5分前に老父にモーニングコールを頼まなくては…!

練習船「こじま」の今回の航海では、GPS (Global Positioning System 全地球的測位システム)を使わないで、六分儀による太陽及び星の高度観測によって船位を得る天文航法により船をすすめているそうだ。自分たちの居る場所を、天文観測による計算で割り出す。計算違いが生じれば広い海の上で迷子になる。この緊迫した99日間の航海を乗り越えた時、彼らはより一層たくましい若者になっているものと確信する。

ニューヨークのあと、イギリス、イタリア、シンガポール、フィリピンを廻り、日本へ戻られるという若者たち。まさしく世界の荒波を越えて、どうか無事に日本へ帰港されますように…。そして、様々な苦難を乗り越えて培った自信を胸に、彼らの人生の航海に漕ぎ出してほしいものである。

 


 

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