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美しい校舎

 
ヤギの親子
 
快復したロメオ
 
ピーコック
 
猫!耳が傷ついて眼も感染症に冒されていた
 
ヒツジ
 
クラス毎に作られた畑
 
草取り作業
 
子どもたちが育てたケール
 
キャベツ
 
ブロッコリー
 
子どもたちとの交流
 
ボランティアメンバー
 
巣立ちの儀式を表したモザイク
 


          § グリーンチムニ− §


ニューヨークシティから北へ100km、ニューヨーク州ブルースターに「グリーンチムニ−」という児童更生施設がある。

1948年、サミュエル・ロス博士によって開かれたこの施設は150エーカー(18万3626坪=東京ドーム約13個分)という広大な自然の中に寄宿学校を持ち、現在102人の生徒が寄宿舎に住み77人の子どもたちが家族の元から通学している。

5歳から21歳までの情緒障害と診断されたこれらの子どもたちの殆どが黒人またはヒスパニック系の子どもたちで、その家庭はニューヨークシティの低所得者層だという。身体的虐待、性的虐待を受けた者、親が麻薬中毒者刑務所に服役中である者、自殺を謀った者、そして今なお警察の管理下におかれる者、そういった子どもたちが、児童福祉局学校のカウンセラー精神病院の紹介によってこの施設へやってくる。

これらの子どもたちは、緑(グリーン)の煙突(チムニー)がシンボルとなっているこの施設で、心理学者、精神医学者、ソーシャルワーカー、カウンセラー、看護婦、特殊教育(養護教育)の資格を持つ教師などの専門家チームに見守られながら生活をする。そして一般社会で問題なく生活が営めるように、基本的なしつけから一般教育、職業訓練を兼ねた農業、コンピューターの技術などを学んだ後、家族のもとに帰ったり、グループホームに移ったりして社会復帰を目指す。同時に家族もまたセラピーを受けたりイベントに参加したりして子どもたちを支援する。

この「グリーンチムニ−」において何より特筆すべきは、そこに傷ついた380頭の動物と41羽の鳥が共に生活していることである。子供たちはこれらの動物たちの世話をし、命の大切さや愛情の表現方法などを学び、貴重な体験を通して信頼関係を取り戻していく。

動物の飼育場を案内していただいた時、厩舎の一角にロメオという白と茶色の毛の美しい馬がいた。14歳になるこの老馬はブルックリンに住む麻薬ディーラーによって虐待され、瀕死の状態のところをASPCA(the American Society for the Prevention of Cruelty to Animals)によって助け出された。

救出された時は通常ならば450kgある体重が300kg前後にまでやせ細り、あばら骨や骨盤までもが浮き出ていたという。世話もされず長い間汚物にまみれていた為に、その身体もいたるところが感染症に冒されていたそうである。子どもたちは老馬のあまりに衰えた姿に最初は恐れを抱いたらしい。しかし、傷ついた馬を交替で世話するうちに彼ら自身が馬から癒されていったという。

グリーンチムニーの子どもたちはそのセラピーの一貫として乗馬を習っているのであるが、ロメオは子どもたちを背中に乗せるとき、その今なお残る喘息の為に通常の距離をこなせないでいる。しかし、子どもたちと触れ合える時間が短い分、その代わりにロメオは乗馬の回数よりも多くのハグやキスを子どもたちからもらっているそうである。そして子どもたちと寄り添いながら、ロメオの体重は今400kgにまで快復している。

この施設にやってきた子どもたちは、最初の頃は大人たちや同年代の子どもたちに対してでさえも、他人と接するということに怯えるのだそうだ。しかし、このように傷ついた動物たちが大事に世話をされている様子を見て、子どもたちは安心して自分たちの問題に直面する心構えができるという。

「人間不信に陥った子どもたちがもしも動物に関わることが出来たら、そこには彼らがまた人間にも関わることが出来るという希望があります。」とロス博士は語る。

この動物介在療法(Animal Assisted Therapy)、現在では日本でもアニマルセラピーとして知られるようになってきたが、「グリーンチムニ−」ではAATによる臨床プログラムを50年以上も前から取り入れてきたという。

1948年にひとつの私立の寄宿学校として開かれた「グリーンチムニ−」は、それ以来、その使命において劇的な変化を成し遂げてきた。しかし当初からずっと変わらぬものがふたつあるという。それは「動物たちとロス博士」である。

サム・ロス博士自身、子どもの頃に大変孤独な日々を送られたらしい。内科医のひとり息子として生まれた彼は、小学校に上がる頃から寄宿学校に入れられた。結婚後16年目にして初めて授かった子どもを溺愛しない為に、手元から放して育てるのが子どもにとって最善と考えた彼の両親の意向であったという。ニューヨーク北部、ウェストバージニア、ペンシルバニア、そしてスイス。寄宿学校から家族の元へ帰る夏休みでさえ、サマースクールで過ごした。

そんな学生時代の思い出は概ね楽しいものだけれど、時々ホームシックにかかることもあった。そういう時は、周りの美しい風景やペットとして飼っていた動物たちが彼の大きな慰めとなったという。この経験が、「子どもは自然に囲まれて動物と一緒に成長すべきである」という考えを彼にもたらすこととなる。

そして1947年春、彼は父に「自分が将来やりたいこと」を話した。「動物と子どもたちが一緒に暮らせる寄宿学校を作りたい」と。そして彼の父は「緑の煙突」だけが面白い姿を見せる経営不振の農場を買い取り、翌年6月、11人の子どもたちと共に「グリーンチムニ−」は開かれたのである。実にロス博士、バージニア大学を前日に卒業した19歳の夏であった。

現在ロス博士はその経営者としてのポストを25年来の信頼する部下に譲ってはいるものの、彼は毎日、新しい校舎建築のための資金調達の役割を大きく担う。そしてその行動は「常勤のレインメーカー(<魔術で>雨を降らす人)」と言われるほど着実な成果を上げている。この学校で彼は誰からも愛され、今日も動物の飼育小屋へゆっくりと歩いていく彼に向かって、子どもたちは駆けより握手やハグを求め、遠くから見かけたスタッフは大きな声で「おはよう」の声を送る。

そんな「グリーンチムニ−」に何かお手伝いできることはないかと手を上げたボランティア団体がある。非営利団体NYdeVolunteer(ニューヨークでボランティア)であるNY便り#19参照

このボランティア団体、ニューヨークの、特に地元のコミュニティーに積極的に貢献をし、ボランティアという手段を通じて広く社会に関っていくことを目的としているのであるが、今回は日本からのエルダー旅倶楽部の方たちと一緒に参加することとなった。

エルダー旅倶楽部。米国で生まれた学びの旅「Elderhostel」を起源とし、世界100カ国を超える国々に広がり、そこには国境を越えた学びと出会いのネットワークが築かれているという組織である。旅が好きで知的好奇心旺盛な大人のための生涯学習プログラムが組まれているそうで、日本から参加した方たちは皆さん50歳以上というのに、その語学力の水準の高さに脱帽であった。

そんな方たちと、NYdVの呼びかけに集まったニューヨーク在住の我々の混合チームが、グリーンチムニーのお手伝いをすることとなった。普段、人手不足で手が回らないところの手伝いをして、子供達がもっと住みやすく勉強しやすい環境を整えたり、普段の生活では交流機会の少ない子供達が、色々な人とコミュニケーションを図れるように訓練相手になるというものだ。

実際には子どもたちが植えた農作物の畑の草取り。そして、子どもたちと交流時間を持ち、折り紙や習字を一緒にして楽しむというプログラムであった。

さて、マンハッタンを午前7時に出発したバスは8時45分にグリーンチムニ−に到着。9時からマフィンとフルーツと飲み物という朝食を頂いた後、さっそく畑の草取りである。子どもたちがクラス毎に分かれて、先生と一緒に作ったという農園に案内された。広大な土地にレタス、ブロッコリー、ケ−ル、バジル、ジャガイモ、ホウレン草などが植えられている。

私が担当したのはジャガイモ畑。間隔を置いて植えられている苗の周りの雑草を取るのであるが、どれが苗なのか雑草なのか判らない。葉っぱの形態が明らかに違うものは問題がないが、似たような広葉の草になるとお手上げである。しかしそのうちにコツが掴めてきて、根が浅く簡単に抜けるものは雑草と解る。ジャガイモの苗はしっかり根付いていて、軽く引っ張ったくらいでは抜けない。調子に乗って作業を進めていたら、ゴロンと種芋ごと掘り返してしまって慌てて埋め戻した

『尖った葉のものは棘があるから気を付けて』とメンバー同士情報を交換しながら、草を引く者、引いた草を集めて回る者という役割分担が自然に出来上がっていった。束の間の土を触るという作業であったけれども、人は助け合うという基本的な営みを私たちに再認識させてくれたように思った。

作業をしている間、案内役の生徒のブライアンは畑に育っている野菜を次々と取っては私たちに配って回る。美味しいから味見をしろというのだ。大きく実ったサヤインゲンは太陽の光をいっぱい浴びて甘味を含んでいたし、土を払いながらかじったホウレン草は柔らかく新鮮な青臭さがあった。決して目を合わせようとしないブライアンに『ありがとう』を言うと、大きな背に似合わない童顔がうつむいたままうれしそうに輝いた

2時間の作業を終える頃、我らがジャガイモ畑には苗が美しく整然と並んでいた。最初よく繁っていると思ったのはほとんど雑草で、これで日当たりのよくなったジャガイモの苗はどんどん大きく成長するだろう。周りを見渡すと皆がそれぞれ担当した畑もすっきりとし、作業をなし終えたメンバーは土で真っ黒に汚れた手を眺めながら、それでも皆満足そうであった。間引いたレタスやホウレン草を持ち帰ってもいいということで、その時もブライアンは嬉々として収穫したばかりの野菜を洗ってくれた。

労働の後のメシはうまい。ビーフステーキ、ツナサラダ、グリーンサラダ、パスタという施設の人が作ってくださった美味しいランチをたらふく頂いた後、いよいよ子どもたちとの交流である。私たちがランチを取っている横のテーブルに、三々五々のグループに分かれて、早く来ないかと待っていてくれた。

予め決めておいた3人ずつのグループで折り紙と習字のテーブルを順次移動する。まず折り紙のテーブル3人の子どもたちに出会った。3人とも11歳の子どもたち。クルツとカールトンは男の子、そしてアレクシスはシャイな女の子である。

クルツとカールトンは最初から黒い目をキラキラ輝かせて話かけてきた。名前はなんと言うの?どこから来たの?そのバッグはどこで買ったの?それにひとつひとつ答えながら、色紙で飛行機を折ったり、折鶴を作ったり、折り紙作業に与えられた20分はあっという間に過ぎてしまった。

最後まではにかんでいたアレクシス、『きれいな名前ね』と話かけると、初めてにっこりと笑い小さな声で『ありがとう』と答えた。作り上げた折り紙をそれぞれ胸に抱え、皆で習字のテーブルに移動した。新聞紙で作ったかぶとを被ったクルツは得意そうに皆に胸を張って見せる。

白い半紙に墨汁で「こんにちは」とひらがなで横書きにし、子どもたちに真似させた。根気強く書き上げる者、途中で投げ出す者、様々である。書き上げた子に『Good job!』と声をかける。声をかけられた子は得意そうであるが、上手く書けない子はだんだん苛立ってくる。自分がどう扱われるかということに敏感な子どもたちである。平等に褒めるということに気を遣った。

そのうち先ほどまで恥ずかしそうにしていたアレクシスが、自分の名前を書いてと言い出した。「アレクシス」。カタカナで大きく書いた。そうしたら、『その下にアイラブユーと書いて』と言う。胸が詰まった。

ボランティアでたまたま訪れた、名前を褒めてくれた見ず知らずの外国人のおばさんに、どれほどの愛情を確認したいと思うのか。わずか11歳の女の子が受けなければならなかった苛酷な現実の、いったい誰がその傷を払拭できるというのか。心の傷が癒えるまで、彼女は訪れるボランティアに少しずつの愛を乞うというのか。書き上げた「アイラブユー」を手渡しながら、小さく『アイラブユー』と囁くと、彼女はまたにっこりと笑った

『僕の名前を書いて、アイラブユーと書いて』と言うコールはどんどん広がり、隣のそしてそのまた隣のテーブルの子どもたちまでが集まってきた。「クルツ、アイラブユー」「タチアナ、アイラブユー」「ケーソン、アイラブユー」…。祈るような気持ちで「アイラブユー」というカタカナを書きつづけた。

折り紙のテーブルから習字のテーブルへ、ずっと私の脇から離れなかったカールトンが小さな声で言った。『僕にも書いて』『アイラブユーって書こうか?』『ううん、フォーママって書いて』

本来ならば守られなければならないおとなたちによって傷つけられた子どもたちである。心身の傷と共に彼らは他人との身体的接触に過敏になっている。「グリーンチムニ−」を訪れるにあたって「子どもたちとの必要以上の身体的接触は避けてください」という注意があった。それさえなければこの少年を、限りない優しさで抱きしめてあげたかった。

傷ついた子どもたちが傷ついた動物の世話をしながら立ち直り、そしてこの「グリーンチムニ−」から離れるとき、彼らはひとつの儀式を執り行うという。やはり傷が癒え、「家」に帰る準備が出来た動物たちも、巣立っていく子どもたちと同時に自然に放たれるというのだ。嬉々として大空に羽ばたいていく鳥たちを見ながら、自分もまた深い愛情を受けて生き返ったのだということを子どもたちは心に刻む。そしてまた戻っていく人間社会で、自分もまた鳥たちと同じように羽ばたく自由を思い描く。

『私はすべての子どもたちがよくなることを望んでいるけれど、彼ら全員がうまくいくとは限りません。彼らが皆ハーバードへ行く訳ではないけれど、彼らに小さな変化が見られたら、それは私たちの大きな喜びとして捉えなければなりません

そう語るロス博士の言葉を帰りのバスの中で読みながら、今日出会った子どもたちの笑顔を思い浮かべた。おとなたちが守るべきはずの笑顔をおとなたちによって奪われた子どもたち。ようやく取り戻したあの笑顔がずっとずっと続くようにと、祈らずにはいられなかった。

 

グリーンチムニー 
http://www.greenchimneys.org/default.htm
エルダー旅倶楽部
http://www.elder.or.jp/index.html
NYdeVolunteer
http://www.nydevolunteer.org

 


 

 

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