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ダンススクールでのH子ちゃん

 
中華大好き!
 
エイブルのMさん


          § ダンシング・クイーン §

知人のお嬢さんH子ちゃんがニューヨークへやってきた。

「ダンスを勉強したい」という一念で、大きなスーツケースを抱えて単身の渡米である。

数年のフリーター生活のあと、千葉にある某テーマパークの、某ネズミのキャラクターの仕事を手に入れた。厳しいオーディションを勝ち抜いてやっと手に出来る仕事であるから、そこをゴールに考えるダンサーも少なくない。人気の企業であるし年々地位も給料も向上するから、続けていれば安泰のはずであった。

しかし、『自分のダンスをもっと追及したい。お金を儲けることに拘らず好きな道に進むのは今しかない。』と決断した彼女はあっさり1年でネズミから人間に戻った。ダンサーにしては小柄な彼女であるが、内に秘めたる熱意はなかなかデカい。

小さい頃は食べるものの好き嫌いが多い子で、彼女の健康を懸念したおかあさんがH子ちゃんの手を引いてバレー教室へ通われたのがきっかけだという。クラシックバレーをやりながら、長じてそれはモダン、ジャズ、タップ、そして今はやりのヒップホップへと興味は広がっていった。3年前に訪れたニューヨークでショービジネスの本場のダンスを見る機会があり、いつかはニューヨークへ来たいと、その時夢を抱いたそうである。

生まれ故郷の大阪の、可愛がってくれた祖父母や家族の元を離れて千葉での独り暮らしを1年、最初は寂しくて何度も泣いたという。そして独り暮らしのその生活にようやく慣れた頃、彼女は決断した。

『仕事を辞めた、ニューヨークへ行く』と泣きながら訴える娘からの電話に、おかあさんは彼女の並々ならぬ情熱を汲み取り、お父さんや祖父母への説得はおかあさんが引き受けるからと彼女をこころよく送りだしてくれたそうである。そして今回は親元へも帰らず、千葉の生活を畳んで独りニューヨークへ居を移した。

私も同じ年頃の娘を持つ。希望に燃えて頑張る我が子の夢の実現を、切に願いながらもその身を案じる親の気持ちは痛いほど解る。誰にも二生とない一生である。子は子の人生を思い存分生きればよい。親の安心のために子の人生があるのではない。とは解っていても、娘を単身ニューヨークへ送り出した親の気持ちが子の夢の実現を、切に願いながらもその身を案じる親の気持ちは痛いほど解る。誰にも二生とない一生である。子は子の人生を思い存分生きればよい。親の安心のために子の人生があるのではない。とは解っていても、娘を単身ニューヨークへ送り出した親の気持ちを思うと胸が痛んだ。

独り暮らしを始めるためには、まずアパート探しである。

地元の情報誌で見つけた日本語の通じる不動産屋へ飛び込んだ。日本でもその名前はよく耳にする「エイブル」。そのお店でマネージャーを務めるMさんに出会った。

アメリカはとにもかくにも信用社会である。銀行口座を開くのも、部屋を借りるのも、どのような職業に就いていてどれだけの収入が保証されているかということが重要なポイントである。であるから収入もない、後ろ盾もないという日本からの学生の部屋探しというのは難しい。それに加えて、女子の独り暮らしに安全でなおかつ家賃が高くないところをという厚かましい私たちの要求を、Mさんは親身になって相談に乗ってくださった。

マンハッタンは何でもべらぼうに高い。それでも学生の手に届きそうなところを2,3見せていただいた。いわゆるスタジオタイプ。日本で言うワンルームである。ベッドは壁の中に立てて収納出来るようになっており、小さな台所、バストイレ付き。独り暮らしには充分過ぎる広さではあるが家賃はひと月1,700ドル。高い。学生の下宿といえば4畳半一間というイメージに慣れた日本人、これくらいの狭さなら我慢できるという物件でさえ1,300ドルと、これまた厳しい。

あまりの高い家賃に意気消沈する私たちを、Mさんは励ましつつ、ここならというところへご案内くださった。マンハッタンからイーストリバーを越えたクイーンズ地区。H子ちゃんの学校まで、30分ほどはかかるものの乗り換えなしの地下鉄が使える。

案内されたその部屋に入るなり、彼女は歓声を上げた。広い。しかも大きな冷蔵庫付き収納スペースもたくさんあり申し分ない。床はフローリングで全体に古くはあるが、ここでならダンスの練習もできると彼女はご満悦である。

家賃950ドル。アパートの周りには生活に必要なお店はたくさんある。『ここは食料品店、この先を少し行くと何でも揃う大きな商店街があるわ。』と、途中の店を覗きまわる私たちが納得するまで、Mさんはお付き合いくださった。後日、学生ひとりでは難しい銀行口座の開設も同行くださり、大きなダンボール5個を抱えての引越しまでご自身の休日に買って出てくださり、その営業活動を超えての彼女の親切が身に沁みた。

私が娘と共に住んだオーランドでもたくさんの人の親切をいただいた。言葉も通じず右も左も解らないその土地で、声をかけてくださる人たちの温かさが、どれほど私たちの泣きたいほどの心細さの助けになっただろう。

今回お世話になったMさんも、行き方も解らずアドレスだけを頼りに飛び乗ったタクシーで地図を広げて道を探してくれた運転手さんも、そしてエレベーター前で出くわし、大きな荷物を5階へ運び込むのを態々手伝ってくれた4階の住人も、出会う人たちが少しずつ彼女の夢の実現を後押ししてくれているように思えた。

大阪のおかあさん、安心してください。あなたのお嬢さんはしっかりと新しい生活を踏み出しました。毎日の汗だくのダンスレッスンを終えて帰ってきてから、ちゃんと私の仕事も手伝ってくれました。1週間一緒に暮らしただけだけれど、最初はあなたと同じ母親の気持ちで心配して、そして今、目を輝かせて朝早くから学校へでかけていく彼女を見て安心しています。

頑張れH子ちゃん。あなたの夢がニューヨークの空に大きく実を結びますように…。


 

 

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