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かたつむり外観
グッゲンハイムミュージアム
天窓
吹き抜けから見上げる天窓
螺旋階段
美術館内部の螺旋階段
ポップアートの巨匠
ジェームス・ローゼンクイスト
作品1
I Love You With My Ford
作品2
President Elect 1960
作品3
President Elect 1960
作品3
The Swimming In The Economist
マリリン
アンディー・ウォ−ホール
「マリリン・モンロー」
エンゲージメント
ロイ・リヒテンシュタイン作品


         §グッゲンハイム美術館 §

世界的に有名なメトロポリタンミュージアムのすぐ近く、5番街86丁目グッゲンハイム美術館がある。鉄鋼で富を築いたソロモン・R・グッゲンハイム氏が自らのコレクションを展示するために開いた美術館である。近代から現代までの印象派、後期印象派、抽象表現主義絵画など約6,000点を収蔵。アメリカ最多といわれるカンディンスキーピカソのコレクションをはじめ、シャガールモンドリアンなど、世界でも類をみない近現代美術を鑑賞できるのだそうである。

その建物自体もユニークで、真っ白いカタツムリのようなデザイン建築家フランク・ロイド・ライトによるものだ。「自然な光で作品を鑑賞する」ということにこだわった彼が作った「ロタンダ」と呼ばれるこのカタツムリ内部は、6階まで続く螺旋状の展示スペースとなっており、吹き抜けからは自然光がたっぷりと降り注ぐ。まず6階までエレベーターで昇り、ゆっくりと螺旋状の通路を降りてきながら、オブジェや絵画をゆっくり楽しめる。

各階でつながる新館にはタンハウザー・コレクションという常設展示スペースがあり、近代美術コレクターのジャスティン・K・タンハウザー氏が1976年に数多くの作品を寄贈したことからこの名前がついているという。ここではセザンヌ、ドガ、ゴーギャン、マネ、ピカソ、ロートレック、ゴッホなどの偉大な巨匠の名作に出会えるらしいが、ピカソの写実を残した頃の作品に出会えたことはうれしかった。

訪れた日のロタンダでは、ちょうどジェームス・ローゼンクイストの回顧展が催されていた。

ジェームス・ローゼンクイスト、アンディ・ウォーホールと並んで、アメリカン・ポップアートを代表する巨匠である。

1933年、ノースダコタ州グランドフォークに生まれた彼は1952年から1954年までミネソタ大学でキャメロン・ブースに絵画を習う。1955年、ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグに入り、そこでドイツ人ダダイズム芸術家のジョージ・グロツ、アメリカ人画家エドウィン・ディキンソンに師事する。が1年でそこを辞めた彼は、1957年から看板職人としてタイムズ・スクエアや市内いたるところで商業広告デザインの仕事を手がける。

1960年頃、商業広告デザインの仕事を中断した彼は、芸術家がたくさん住むといわれるロウアーマンハッタンに小さなスタジオを借り、そこで活動を始める。当時辺りには、「LOVE」の絵画で有名なロバート・インディアナ、幾何学的抽象画家エルスワース・ケリー、ジャック・ヤンガーマンといった新進気鋭の芸術家たちが住んでいた。

この時代にローゼンクイストは、当時流行の抽象派とは違った作品を追求し、彼独自のスタイル、「新写実派」ともいうべきものを生み出した。そしてこれがまもなく「ポップアート」と呼ばれるようになったのである。

彼の作品の基本は「コラージュ」である。見慣れた生活の場面を切り貼りし、そしてひとつのメッセージ性のある作品に仕上げていく。ジョン・F・ケネディが微笑んでいる口元に一切れのケーキを持つ女性の手があり、その右側には車の一部分が描かれていたりする。彼が取り上げる素材は、スパゲッティ、タイヤ、口紅、電球などといったありふれたものだが、それらが拡大されたり縮小されたりして繋ぎ合わされると、ある種、具象を超えた抽象画的な味わいを見せる。

実は私、昔々高校生の頃に美術部に在籍していた。部活動には全然顔を見せないで、『京都にメトロポリタンが来てるぞ、おまえら行ってこいよ』と引率をするでもなく声をかけるだけの風変わりな先生のもと、群れるのが苦手でひとり黙々と絵を描くという、これまた風変わりな生徒たちが集まっていたように思う。

いちおう進学校といわれた高校だったので、進路別、成績別、ランク分けの指導方針にいたぶられた頭と身体を、放課後部室に運ぶ。演劇部の「あ、え、い、う、え、お、あ、お…」という発声練習、吹奏楽部の調子っぱずれのブラスの音、運動部の「ファイトーファイトー」という掛け声が聞こえてくる窓際で、ボォーと外を眺めたまま動かなかったJちゃん。キャンバスにではなく、作業着に着込んだ理科の実験着に絵の具を塗りたくっていたK策。文化祭の前以外はギター抱えて「アリス」を歌ってばかりいたU君。そんな中、キャンバスに「キャンバスの裏」ばかりを描いていたTちゃんがいた。

イーゼルには描きかけのキャンバスが乗っている。そのひとつに、まだ乾いてないはずの絵が裏向いて置かれている。キャンバス地が張り付けてある木枠が、こちらを向いているのだ。『誰、裏向けたらあかんやん…』と近づいてみると、それはキャンバスの表に描かれた「キャンバスの裏」であった。

今思うと、あれはポップアートである。加古川の片田舎の昔の高校生、当時ニューヨークで台頭していた「アメリカン・ポップアート」なんて全く知らなかった。Tちゃんはあの頃から、加古川に居ながら、遥かニューヨークの新しい息吹を感じ取っていたのだ。卒業後、アメリカに渡ったと風の便りで聞いたけれど、今どこで何をしているのだろう。シュールな絵を見ながら、油絵の具で汚れた部室の匂いと共に、そんな記憶が蘇った。

アンディ・ウォーホールが「キャンベルスープ缶」「マリリン・モンロー」を描き一躍脚光を浴びたアメリカン・ポップアート。それはこのローゼンクイストらに牽引されて、今日ニューヨークの街に深く根付いている。美術館で回顧展を開かれる巨匠たちばかりでなく、今まさに時代を築きつつある新鋭作家の作品に触れるために、マンハッタンチェルシー地区にあるという何百もの画廊を、日がな一日訪ねて歩きたいものである。もしかしたらそこに、「キャンバスの裏」を描いた絵を見つけるかも知れない。


 

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