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空港到着ロビーにはロシア語表示
ウニ・イクラ・ホタテ三色丼
青森名物じょっぱ汁
 
☆カーソルを近づけると写真が替わります↓

☆日没前から見物客の席取り
☆美しいねぶたの数々↓
 
 
跳人(はねと)と呼ばれる踊る人々

 

 

 


 

§ 青森ねぶた祭り §


青森ねぶた祭りへ行った。

「青森ねぶた」といえば、「秋田竿灯」「仙台七夕」とならぶ東北三大祭りのひとつである。その歴史は古く今から約二七〇〜二九〇年前、享保年間の頃にさかのぼるという。「ねぶた」と呼ばれる巨大な武者人形の山車が市内中心部をねり歩くこの祭りは、今日日本全国にある土着の七夕祭りの変化したものと考えられている。七月七日の夜にけがれを川や海に流す七夕さまの灯籠流し同様、ねぶた祭も七日目にはねぶた人形を川や海へ流す習わしがあるそうだ。

そんな勇壮な祭りを観るべえと、若かりし頃には祭囃子に血が騒いだという老父を連れて青森へ飛んだ。大阪伊丹空港から1時間10分のフライト、地図でしか見たことのなかった青森に到着である。

まず、食いしん坊の父を黙らせるためと、旅のもうひとつの目的である「海の幸」を求めて青森空港から青森駅前へ直行、「海鮮丼」の幟がはためく寿司屋へ飛び込む。

「あんたらぁ、運がよかったス。ずっと満席で断っとったス」

というお店のおじさんの言葉に気をよくしてカウンター席を陣取る。目の前では板前さんが新鮮な魚介類をさばいている。壁に貼られたメニューに目を泳がせながら、焦点を合わせたのは「海鮮三色丼(ウニ・ホタテ・イクラ)」である。昼間っからの生ビールを「ぷは〜」と飲み干しながら「はい、お待ち!」と出てきたのは見事な三色丼であった。文句のつけようなし、ただひたすら無言でいただく。美味い。青森名物の「じょっぱ汁」も注文してみる。銀鱈のアラと野菜を煮込んだ味噌汁でなんとも素朴な味わいである。昼食には遅すぎる時間だというのに同じような想いの客があちらこちらの寿司屋の前に行列をなしている。それを尻目に満腹の腹をさすりながら宿へ向かった。

日没後のねぶた行列開始までには少し時間があったので、満腹になるとまぶたの下がる父を寝かせつけて町へ探検に出かける。大通りは避けて細い路地裏を選んで歩くと、その町の雰囲気がよく解かる。魚屋には獲れたての魚が並び、青物屋には今年初採れの「青いりんご」が並んでいた。青森である。店のおじさんやおばさんと言葉を交わすが半分くらいしか意味が聞き取れない。独特のイントネーション、いわゆる東北弁のリズムを味わいながら解らぬ分は愛想笑いで誤魔化す。青森である。

宿に戻り、昼寝から夕寝に突入している父を叩き起こして、いよいよ「ねぶた祭り見物」に出かける。昔は町中どこの道路も練り歩いたというねぶた行列も、最近の観光化に伴い見物客が増え、現在は主要な幹線道路沿いがその運行ルートとなっている。青森県の人口が約30万人に対し、ねぶた祭り期間の1週間に訪れる人は実に10倍の300万人なのだそうだ。道路沿いのいたるところに桟敷席が組まれ、パイプ椅子が並べられ、企業や旅行会社が管理する。その合間を立ち見の見物客が占めるから道路沿いは人の出入りする隙間もない。

午後7時過ぎ、運行開始の号砲とともにねぶた行列が動き出す。あたりは黄昏、いい感じである。ほどなく、山車に載せられ20人程の若者に曳かれた巨大なねぶたが近付いてくる。描かれた題材は「水滸伝」「南総里見八犬伝」「三国志」などで、鮮やかな色彩の絵が内からの灯りを得て生き生きと闇に浮かび上がる。

このねぶたの動きを「扇子持ち」が指揮する。彼の扇子の動きでねぶたは右へ行ったり左へ行ったり旋回したりと、迫力ある躍動感を得る。私たちが陣取った席の近くにはラッキーなことに地元の有名人だか有力者がいたようだ。どのねぶたも素通りすることなく目の前でまるで生きているような動きを披露してくれる。旋回してこちらをめがけて迫ってくるのだが、曳いている若者たちはねぶたの下で滝の汗にまみれている。動きを止めた一瞬をめがけて沿道の世話役たちが若者たちに駆け寄り水分補給のためのコップを差し出す。

ねぶたのあとには、笛、太鼓、手振り鉦(ジャガラギ)で構成された囃子隊、そして独特の衣装をまとった「跳人(ハネト)」と呼ばれる踊り手たちが「ラッセラーラッセラー」というかけ声で跳ねまわる。

この跳人たちの衣装がまた鮮やかである。なんでもその衣装にはルールがあって揃いの浴衣の肩には真っ赤なタスキ、浴衣を膝までたくしあげその下にはピンクや青のオコシを着ける。腰にはこれまた色鮮やかなシゴキを巻いて「ガガシコ」と呼ばれるブリキで出来た器をぶら下げる。これは水や酒を飲むためのものらしいのだが、ほとんどの者がそれを鉦のように叩きながら跳ねる。頭には花笠、足元は白足袋ぞうり、脱げないように豆しぼりのてぬぐいでキリリと結わえてなんとも粋である。年季の入ったおっさんからよちよち歩きの幼児までもがそういう出で立ちでねぶたの後を跳ねながら続く。老いも若きも男も女もリズムに乗って熱に酔う。

あたりはとっぷりと暮れた闇、その中を作り物であるはずのねぶたが囃子と踊りと歓声に包まれてひとときの命を得る。7月初旬にはまだストーブを焚いたという土地である。人々は一年の半分を雪に閉ざされるという。夏は突然やってきてそしてまた急速に去っていく。長い冬の間に溜め込んだエネルギーを短いその夏に発散するかのように人々は踊り跳ねる。

「ラッセラー…ラッセラー… 」

足元に缶ビールの空き缶を並べながらいつしか酒に酔っているのか祭りに酔っているのか解らなくなっていた。

ところで「ねぶた」の語源は「眠(ねむ)たし」に由来するのだそうである。秋の収穫期を前にして、労働の妨げとなる睡気を祓うために七夕の行事として行われた「眠り流し」が現在の「ねぶた」になったという。昼間にたらふく喰った我が父、嘗ての「お祭り男」の名残りもなく「眠たい…」の連発である。まさしく父にとって「ねむた祭り」を満喫したひと夏であった。

 

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