§ 第88回高校野球 兵庫大会 §


高校野球が好きだ。懸命にファウルボールを追う姿、1塁へのヘッドスライディング、決してプロ野球では見られない、そんな我武者羅さが好きだ。

中学時代バスケットボールをやっていた。公立中学の女子部、メインは男子部だったので練習はいつも校庭の片隅に置かれたバスケットゴールが相手だった。夏の炎天下に汗と土にまみれてひたすらバスケットボールを追った。夏休みの集中練習、わずかな休憩時間に用務員室へ走りテレビの高校野球中継に見入った。

その夏は青森代表・三沢高校の太田幸司投手愛媛代表・松山商業を相手に史上初の決勝延長18回を繰り広げ、0対0のまま引き分け再試合となった年である。白系ロシア人を母にもつ太田投手の甘いマスクもさることながら、準々決勝からの4日間、実に45回をひとりで投げ切った凛々しいその姿に、当時中学2年だった私は密かに恋心を抱いた。

爾来、夏の高校野球シーズンになると暑さが苦手にもかかわらず、もっぱらテレビ観戦で熱くなった。高校野球は「年上のおにいちゃんたちがやるもの」と感じていたものが、「同世代のもの」となり、やがて「若い子らが頑張るもの」と視点が移り変わった。そして「息子よりも若い子らのもの」となった昨今、ときおり男前の選手を見つけても恋心を抱くことなく母親の目で観戦している。

この夏、我が母校、加古川東高校が兵庫県大会の準決勝に勝ち進んだ。対戦相手は優勝候補筆頭の神港学園である。やはり母校となるといつになく力が入る。力は入るが元来日向が嫌いなので、30分足らずで行ける明石球場で行われる試合も家でテレビ観戦の応援で失礼した。

いわゆる進学校である加古川東高校はスポーツがあまり強くない。勉学優先の公立校であるからその設備および練習時間もおのずと限られてくる。おそらく学校のカリキュラムをこなした彼らは放課後の2時間ほどを毎日の練習にあててきたのだろう。

連日の熱戦をくぐりぬけてきたユニフォームは泥に汚れ、相手チームの真新しい白さのそれに比べるとテレビに映ってさえ黄ばんでみすぼらしい。しかしお世辞にもきれいとは言えないそんなユニフォームに身を包んでプレイする選手たちの姿は、何にもまして美しいと感じた。1球ごとに捕手とサイン交換をする投手の福永くんは、聞けば春の大会でコールド負けを帰した選手だそうである。相手チームに12点を与えた彼がこの夏までの短い期間に積んだ練習は、想像するに難くない。

1回表1点を先取された加古川東、その裏で2点を奪取。7回までリードを守るが8回で同点に追いつかれる。9回表、その集中的な打撃力を誇る神港学園に4点を与えるもその裏、最後の粘りを見せて1点を返した。しかしここで力尽きたのか3対6で試合終了と相成った。

最初はクーラーをかけて観戦していたが途中でそれを切って窓を開け放した。テレビ画面に映る若き後輩たちの汗と泥にまみれた姿がまぶしくて仕方なかった。明石球場の応援スタンドの暑さにはほど遠いけれど、せめてもの気持とテレビの前に体操座りをして見入る。なぜか涙が出てとまらない。スタンドで逆転を祈るセーラー服の女子学生がかつての自分の姿とオーバーラップする。

君ら少ない時間やりくりして練習してきたんやろ?グラウンドも野球部だけの占有とちゃうやろ?授業は今でも成績別に分けられとるんか?数学、英語、出来のええもんからA,B,Cのグレード別やなんてえげつない学校や。君らも野球やりながら上位クラスに入るなんて至難の技やなあ。万年Cクラスやったおばさんにはよく解かるで。

おばさんの同級生に野球部やったK君がいた。英作文の時間にな、「沢山のボートが湖に浮かんでいます」ていう日本文を英訳せい言われてK君、「Sawayama's boat is on a pond.」て答えたんや。そしたら忘れもせえへん、タヌキのM先生が意地悪そうに「おまえ野球ばっかりやってるからこんなんも読めんのやぞ。“さわやま”やのうて“たくさん”て読むんや」て言うた。K君はバツ悪そうに笑ってたけど、あれひょっとして解かってて言うたんちゃうやろかて思う。そやかて3年間野球に明け暮れてたK君はいつもトップクラスでちゃんと国立大学へ進学した。野球やってたって勉強もできるちゅうことをきっちり証明したんやから。

そやけどほんまに沢山さんていう人が所有してるボートが湖に浮かんでたらどない言うんやろ?先生の言い分やと正解は「Many boats are on a pond.」になるんやろけど私は今でもK君が答えた「Sawayama’s boat」でもええと思てるんや。

10回延長を信じて9回裏でピッチングを始めていた福永投手の顔が、試合終了と同時に泣き顔に変わる。焼けたグランドに突っ伏して泣き続ける姿を見ながら私もまた首にまいたタオルで汗と涙をぬぐいつつ、若い日の思い出とともにしっかりと播州弁で加古川東ナインに語りかけていた。

激闘の果てに彼らの流した涙は甲子園ではなくて明石球場の土に吸い込まれた。黄ばんだユニフォームの泥まみれの校名をおそらく何よりも美しいと思っていた同窓生は私だけではあるまい。君たちの夏は甲子園には届かなかったけれどその真摯な姿は数多くの先輩後輩の心に届いたはず。暁光を浴びて生命が育つように君たちのその姿は幾多の人々の心に光を投げかけた。そしてそれはまた君たち自身の将来を明るく照らしてくれるものと信じる。「光はつねに東より…」やはり歌いたかった校歌の一節を思いながらもう一度涙をぬぐった。


いざ見よ
  行く手輝く日の柱
  久遠の光に瞳をひらき
  自治創造の力一つに
  希望の鐘高らかに
  うち鳴らせ
  光はつねに東より
  ああ我等加古川東高校

 

 

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