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コンサートのポスター
詰め掛ける観客
合唱団、電気楽器も控えた編成
アンコールが鳴り止まない
小泉純一郎氏監修のCD

 

 

 


 

 

 


 

§ エンニオ・モリコーネ §


映画を観るのが好きだ。観たあとにドーンと(ジーンじゃなくて)感動が押し寄せる映画がいい。冤罪で投獄された果てに脱獄を果たす結末にすっきりした「ショーシャンクの空に」(ティム・ロビンス主演)、エリート寄宿高校に集う若者たちの青春を描いた「今を生きる」(ロビン・ウィリアムス主演)、コミカルな役どころが多いトム・ハンクスがシリアスなギャングを演じた「ロード・トゥ・パーディション」(トム・ハンクス主演)、盲目の元軍人としての演技が秀逸であった「セント・オブ・ウーマン」(アル・パチーノ主演)、そして私的ランキングで燦然と1位に輝くのが「ニュー・シネマ・パラダイス」である。

「ニュー・シネマ・パラダイス」、1989年に公開されたイタリア映画である。イタリアの片田舎を舞台に、村で唯一の娯楽施設である映画館「シネマ・パラダイス」に集う村人たち、そして少年トトと映写技師らの交流が描かれる。主人公の少年トト映写技師アルフレードの親交を描いた少年時代から、成長したトト=サルヴァトーレと初恋の女性エレナとの大恋愛を描いた青年時代、そして映画監督として成功を収めたサルヴァトーレの帰郷を描いた壮年時代を通して、敗戦後のイタリア、シチリア島から巣立った青年の半生が語られる。

私が幼少期を過ごした高砂の町にも映画館がいくつかあった。昭和30年代のその頃もまた、イタリアの片田舎同様、高砂の町の人々にとって映画館は大切な娯楽施設であった。イタリアの映画館に背中の赤ん坊をあやしながら映画を立ち見する村人がいるように、父もまた休みの日には小さな私の子守をしながら映画館に通った。

それは私がいくつの頃であったのだろう。幼稚園に通っていたのかそれ以前であったのか。ある日、高砂の町の「東照館」というレンガ造りの映画館に父に連れられて行った。架かっていたのはまだ若かりし岩下志麻主演「五瓣(ごべん)の椿」山本周五郎原作の歴とした文学作品だったと思う。しかし、何故か成人指定映画であった。

入場券売り場でひと悶着あった。成人指定なので小さな私を連れた父は入場を断られたのだ。

「入場券は子どもの分も買うから」
「成人指定なので子どもさんの分は売れません」
「こんな小さな子、観ても解るかいな」

そんなやりとりのあと、小さな私を連れて入る父を窓口の人は見て見ぬ振りをした。しかし、私はちゃんと理解していた。「自分が不義の子であると知った娘が、淫蕩な母とその相手の男達を自分の手で裁く」という筋書きの時代劇には、女の武器を利用して男に迫るシーンがあった。これは子どもが見てはいけない映画だということをはっきりと自覚しながら、しっかりと観賞した。

思えばこの映画が私の「ヰタ・セクスアリス」であったのだと思う。成人映画を子ども連れで観るということに、父も少々の後ろめたさを感じていたのかも知れない。映画館の片隅の、ビロードの暗幕に囲まれた売店で、裸電球に照らされたお菓子をいつもより多く買ってくれた。スルメ都昆布をほおばってはビー玉をうまく操りながらラムネ水を飲む。なんだかその映画の内容が理解できることを父に知られてはいけないような気がしていた。

「ニュー・シネマ・パラダイス」に登場したトト少年も、映画を通じて性の目覚めを経験する。映画館で上映される映画は村の教会の神父によって検閲され、宗教的背景からか、それとも観客にいつも子どもたちが紛れ込んでいるからか、男女のキスシーンはことごとくカットされていた。その切り取られたフィルムをトト少年は欲しがる。切り取られ山と積まれたキスシーンのフィルムのひとつをそっと持ち出そうとしたトト少年は、子どもにはまだ早いと映写技師に取り上げられてしまう。そしてこのエピソードがラストシーンの伏線となり、長いストーリーの結末に謎の全てが明らかになると一気に感動がこみ上げてくる。

今や有名な映画監督となったトトが30年ぶりに帰郷し、映写技師の遺品を受け取ったあとのラストシーンは涙と洟と嗚咽なしには観られなかった。今まで観た映画の中でこれほど胸に迫った映画はない。この映画に流れる美しい音楽を耳にすると、いつでもあのラストシーンが蘇って切なくなる。

さて、前置きが長くなったがこの「ニュー・シネマ・パラダイス」の映画全編に流れる美しい音楽を作ったのがエンニオ・モリコーネという人である。先日、彼の率いる楽団のコンサートが大阪フェスティバルホールで開かれた。

1928年にローマで生まれた彼は、数多くのクラシック音楽家を輩出したことで有名なサンタ・チェチーリア音楽院でトランペット、作曲、指揮法、合唱法を学んだそうだ。61年に映画音楽作曲家としてデビュー以後、440作の映画・TV音楽を作ったという。「死刑台のメロディー」「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」「海の上のピアニスト」等々、作曲家の名前を知らなくても音楽は耳にしたことがあるという作品ばかりだ。

父親がトランペット奏者でジャズ楽団や歌劇場、初期トーキー映画の録音セッションなどを行っていたことから、エンニオは小さい頃から父親のバンドに参加してポピュラー音楽とクラシックの両方に親しんでいたという。すでに6歳で作曲を始めていた彼はその後新しいトレンドへと興味を示し、それが「ハ長調やホ短調といった調性」を無視した「12音技法」に基づく現代音楽、そしてさらには電子音楽へと繋がっていくこととなる。だから彼の創りだす音楽には多分にそれらの要素が取り入れられている。マカロニ・ウェスタン音楽には馬のいななきが楽器で披露されるのだが、これにはもちろん楽譜で表せる調はない。

オーケストラの構成はクラシックと同じで、さらにドラム、エレキベース、エレキギター、シンセサイザーといった楽器も加わる。パーカッションには民族音楽に使われる数多くの打楽器が揃い、後ろには合唱団も控える。音の要素を終結した構成で次から次へと繰り出される壮大な音楽に、まるで映画を観ているように、遥かなる西部の荒野果てしない洋上、そしてイタリアのシチリア島へとイメージは広がっていった。

ところで、このように既存のクラシックの定義にとらわれることなく新しい音楽の可能性に挑戦を続けるモリコーネの音楽には、マニアックなファンも多くいるらしい。当世の小泉純一郎首相もそのひとりだそうで、会場には小泉氏が選曲、監修を行ったという「私の大好きなモリコーネ・ミュージック 小泉純一郎選曲チャリティー・アルバム」なるCDも販売されていた。

郵政民営化に2度目のチャレンジで踏み出した小泉氏、「郵便配達夫は2度ベルを鳴らす」の映画音楽がモリコーネ氏の手によるものであったなら、きっとこれも件のアルバムに加えたに違いない。