§ 或る母 §

 

春の夕暮れ、仕事を終えて帰るとあなたはいつも縁先の陽だまりの中で何やら夢中になって遊んでいましたね。真っ赤に芽吹いた紅カナメの生垣の隙間から、そんなあなたのまだ小さな姿を見るのが好きでした。

雨戸をたてる敷居をレールに見立てて、きちんと並べているのは電車の模型。3歳のお誕生日から毎年ひとつずつ買い足して、それは3両になっていたから、きっとあなたはあの時5歳だったのですね。

あんまり熱心に電車をいじっているものだから半開きになったあなたの口からよだれが落ちそうになって、それが西日に光ったから思わずポケットからハンカチを取り出そうとしてしまった。カサッと音をたてた私を生垣の陰に認めて、あなたはいつものように家の中へ一目散。私が玄関に回りこむ前に裸足で飛び出してきて仕事着のままの私に抱きついて。

宿題をしていたお兄ちゃんたちもドタドタ音をたてるものだから静かに眠っていた弟も起きてしまって、それを抱き上げておばあちゃんがあやして。それからあなたの足を洗ってお兄ちゃんたちの学校での出来事を聞いて私は台所に立ちながらまとわりつくあなたの頭をゴシゴシなでて…。それが毎日繰り広げられる慌ただしく、そして幸せな夕方の光景でした。

どうしてでしょうね、それから長い日々をあなたたちと暮らしたのに、今思い出すのはあの日の夕暮れのひとコマなのです。

あなたは静かな子でしたよ。静かなのに頑固。それはお父さんに似ているのかな。大きくなるとアルバイトを始めて、お小遣いが充分にあげられないからその足しにしなさいというのに、頑としてあなたは受け入れなかった。そしてアルバイトで稼いだお金を全部家計に入れてくれた。正直、ほんとに助かったのよ。「ありがとうね」と言うと頑固なあなたはきまってそっぽを向いたけれど、少しだけ右の眉が上がって得意そうで。そう、漢字書き取り10点満点のテストを私に見せてくれる時もそうして右の眉が少し上がって得意そうだった。だから口数の少ないあなたの機嫌は右の眉を見ると分かったのよ。

14歳の時にあなたはクラスの文集に決意表明を書きましたね。「与えられたことはきちんとする、人の役に立ちたい」。その言葉どおり、あなたは高校を卒業するまで私を助けてくれました。勉強がよく出来たから本当は上の学校に行かせてあげたかったけれど、あなたは高校を出ると就職の道を選んだ。でもね、就職先が決まったと私に報告をしてくれた時、あなたの右の眉がやっぱり少し上がっていたから、「ああ、あなたはそこに望んで入ったのだ」と私は少し安心したのです。

だってそうよね、あの3両の電車の模型で夢中になっていた小さな頃から、あなたの将来の夢は電車を運転することだったもの。だから会社での激務もあなたは真面目にこつこつとこなしていけたのですね。入社して4年目に念願の運転士になれた時、あなたはほんとうにうれしそうで、普段静かなあなたがめずらしく騒いでいましたね。そしてそんなあなたを見ながら、私もまたあなたと同じように自分の右の眉が少し上がっていることに気がついたのです。「私の息子を見て、自慢の息子を見て、ちゃんと自分で自分の夢を実現していくこの子は私が産んだのよ」と心の中で叫びながら、でもそんなことはとうてい口には出来ず右の眉を少しだけ上げてアピールしたのでした。

あなたも私も変なところが似ているのね。案外あなたの頑固さはお父さんではなくて私に似たのかもしれません。だから、あなたが夜勤を終えて帰ってくる日も、ミスをして勤務をはずされた日々も、ただひたすら美味しいものを作って家で待つことしか私には出来なかった。やっと叶えた夢がばら色に輝くようにと、細かく書き込んだノートを覗き込んで仕事を覚えようとするあなたの背中を見ては「頑張れ頑張れ…」と心の中でつぶやくだけでした。

あの朝のことは現実のことなのか夢の中の出来事なのか、私にはしっかりと受け止めることが出来ませんスの背中を見ては「頑張れ頑張れ…」と心の中でつぶやくだけでした。

あの朝のことは現実のことなのか夢の中の出来事なのか、私にはしっかりと受け止めることが出来ませんでした。

仕事場に急を知らせてくれた友人に伴われて家に帰ったけれど、さて何をしてよいのかさっぱり分からなかった。もどかしく玄関の鍵を開けるとき、赤く燃えるような紅カナメの生垣にあの春の日の幸せな夕暮れの光景が一瞬よぎったけれど、それもすぐに忘れてしまった。職場に電話をかけても詳しいことは判からないというばかり。ただ判っていたのはテレビに映し出されたパニック映画のような光景のひしゃげた電車の運転士の名前が、有名な俳優のものではなく愛する息子の名前であるということだけでした。

それから何時間を、何日を過ごしたのでしょう。私は泣いたのでしょうか、眠ったのでしょうか。目や耳に届く報道から刻々と増えていく犠牲者の数字が私の心臓をえぐり胸のあたりが痛いように感じるのですが、自分でも悲しいのか悔しいのか恐ろしいのか、その感情に説明がつきませんでした。生きていてほしいと思う気持ちのどこかで、死んでいたほうがあなたのためかも知れないと思っている自分を見つめていました。多くの犠牲者を出してしまった事故で、ただひとりあなたが運転士という立場であるならば、それを運命ととらえるにはあまりにも過酷なことをあなたに背負わさなければならない不憫に、私は泣くことすら出来ませんでした。

事故から4日目にようやくあなたは戻ってきましたね。待つということの意味が解からなくなりかけていた頃、変わり果てたあなたを迎えました。私の愛する息子だと判別することすら出来ない姿で、そしてあなたの右の眉が果たしてあがっていたのかどうか確認すらできない姿で…。その固く握られたままのこぶしが最後まで操作桿を握り締めていたと知った時、遠くで唸るような声を聞きました。それだけがあなただと判る私によく似た形の爪を撫でながら、その手の上にぽたぽたと水滴が滴り落ちて、その時初めて私は自分が声を上げて泣いているのだと気付きました。

あの日からどれくらいの時間がたったのでしょうか。時が経つのが速いのか遅いのか、それすら私には判らなくて、ただあの日からずっと亡くなってしまった命のことを考えていました。

あなたのそして多くの人たちの命が一瞬にして失われてしまった事故の原因の解明がこれからなされていくでしょう。いろんなことが聞こえてきます。悲しみや怒りやありとあらゆる人の感情が言葉の礫となって私の耳に聞こえてきます。時にはあなたを罵倒するような言葉も私の耳に届きます。

でもね、私はそれをしっかりと受け止めようと思います。あなたの頑張りを見てきたもの。念願の仕事について一所懸命のあなたを見てきたもの。「安全確保と定時運行」という、相反する要求の板ばさみの中で職務を全うしようとしたあなたの無念を思えば、この先をしっかり見届けねばと思います。最後まで責任をもって仕事をしなさいと教えたのは私だものね。あなたが誇りに思っていた会社がこの先どんな形で犠牲となった人たちに報いていくのか、あなたの目となって見届けていきます。

だから少しだけおかあさんに勇気をくれますか。あなたを失ったこの世界でしっかりと生きる勇気をくれますか。

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4月25日の朝、JR芦屋駅から上り電車に乗った。尼崎駅で宝塚線に乗り換え、伊丹駅近くにある免許更新センターへ行くつもりだった。尼崎駅の乗り換えコンコースは人で溢れ、宝塚線が不通になっていた。

状況説明を求めて詰め寄る乗客たちに応えるJR職員もまた混乱し、「踏み切り事故です」「人身事故です」「脱線事故です」と情報は錯綜していた。しばらく待ってみたが復旧の見込みはまったくつかないということで諦めて帰宅した。そして自宅のテレビの画面で、何が起きているのかようやく知ることができた。

死亡者107名、負傷者555名という犠牲者を出してしまったこの事故の周辺で、どれほど多くの人が深い悲しみに打ちのめされているのか。

事故の前日にその美しい声でオペラを披露した娘は、その朝その同じ声をおそらく恐怖の悲鳴に変えて絶命した。戻らぬ娘を待ちながら悲嘆に暮れる母の奥歯は3日目にボロリと抜け落ち、事故の日から自分が何も食べていないことに気づいた。

事故から5ヶ月が経過し原因究明が急がれる。旅客輸送という人の命を預かる企業がその利潤を追求して利便性を最優先にダイヤが組まれた。そのダイヤを定時運行させるべく運転士が教育され、アクロバットさながらの定時運行は秒単位で管理された。

先ごろ国土交通省航空・鉄道事故調査委員会によってなされた中間報告には「自動列車停止装置(ATS)の非常ブレーキがかかる運転ミス」「大幅な速度超過」「オーバーラン」「通常では考えられない運転操作」などという言葉が並ぶ。「車両の不具合や線路のゆがみなど、事故につながりそうな不具合は見つかっておらず、調査委は大幅な速度超過が脱線の主原因と見ている」とし、まるで運転士個人のミスが引き起こした事故だと言わんばかりである。そして同時に出だされた「事故防止に向けた4項目の建議(提言)」は「(1)ATSの機能向上(2)二重衝突を防ぐ列車防護の確実な実行(3)走行状況を記録する装置の設置と活用(4)速度計の精度確保」となっている。

そうではないだろう。これら出された提言はすべて「事故ありき」の元に考えられたものだ。まず考えなければならないのは、なぜ「自動列車停止装置(ATS)の非常ブレーキがかかる運転ミス」をしたかだ。なぜ「大幅な速度超過」や「オーバーラン」があったかだ。なぜ「通常では考えられない運転操作」をしたかだ。そこには安全性よりも利潤を優先した企業体質が見えてくる。教育とは名ばかりの陰湿なペナルティーを科して精神的に運転士を追い込んでいった職場環境が見えてくる。

現在の過密ダイヤでの運行が続く限り、企業の推進する「安全確保と定時運行」は必ず相反する。「安全確保」をゆるがせにできないならば「定時運行」を緩めるしかない。そしてあくまで「定時運行」を謳うならば過密ダイヤを定時運行可能な密度に見直さなければならない。そんな知れきったことになぜ企業トップは気付かぬふりをするのか。

二度とこのような惨事が起きてはならない。起こしてはならない。乗客として亡くなった106の命と運転士として亡くなったひとつの命はどれも地球よりも重い尊い命だ。その重さに報いるためにも利潤よりも安全性を最優先とする本来の企業の姿勢に立ち返る勇気を持ってほしいと思う。

子どもを亡くした母親、家族を残して犠牲となった母親、この悲惨な事故は多くの母親たちを悲しみの淵に突き落とした。泣き、叫び、慟哭し、そしてあの事故の日からその悲しみは癒えることなく重くその一生にのしかかる。しかしそんな母親たちの中に、もしかしたら人前では泣くことすら出来ない、こんな「或る母」がいるかもしれない。

 

 

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この作品は尼崎列車事故を取材し小説的に再構築したもので、人物については事実に基づくものではありません。この事故に遭われた多くの犠牲者に謹んで哀悼の意を表します。