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モザイクも完璧!元気になった患者A

 

 

 


        
        
          § 大腸ポリープ摘出手術 §


大腸ポリープの摘出手術を受けた。誰かは書かない。皆に知れたら男の沽券にかかわるというので、言いたいけど言わない。ここでは便宜上、患者Aとしておく。

そもそも便秘から始まった。食べることが好きなのに、食べる量に比べると便通が少ない。「市販の便秘薬でも飲んでみたら」とアドバイスしたら、規定の量を飲んでみたらしい。で、3時間ほど待ったがまだ便意を催さないのでまた同じ量を飲んだという。結果、次の日にはトイレへ通い続け外出もできないという有様、まったく「薬の用法用量を守りましょう」という注意書きはこの人のためにあるようなものだ。

慢性便秘と下痢の繰り返しは大腸ガンの前兆と聞いたことがあるし、大事をとって専門医に受診することを勧めた。そして大腸内視鏡検査の結果、ポリープを発見したというわけだ。ただ、先生が気になることをおっしゃった。だいたいその形態において、風船を膨らませたような形のポリープは良性の場合が多いが、腸壁に沿って膨れ上がった丈の低いものは悪性の場合が多いというのである。患者Aのものは後者の形態であった

それからベッドの空きを待ってその日の手術を迎えるまで、表情は変らず明るかったものの、心中はさぞ不安であったろうかと思う。その証拠に腸にいいからと冷蔵庫に置いて帰った果物や生野菜を、普段はあまり食べないのにきれいさっぱり平らげていた。

さて、順調に進めば2泊3日で帰れるという入院の初日、病院窓口で患者Aと会った。ひとり暮らしをしているので入院セットは自分でボストンバッグに詰めたらしい。入院手続きのあと病室に入り、手荷物を枕頭台に移し替える。

「手術は明日やし、昼飯でも食べにいくか」

と、まるでホテルにチェックインしたあとのように言う患者Aを若い看護師さんがやんわりと宥める。

「検査がいろいろありますからね、病室は離れないでくださいね」

観念した患者Aはすごすごと病衣に着替えベッドに横になる。そして血圧を測られながら、ちゃっかり看護師さんに確認をとった。

「昼飯は出まんのか?」

大腸ポリープ摘出手術というのは近年頻繁に行われる手術らしい。しかもその手術方はいたって簡単で、肛門から挿入した内視鏡で患部を見ながら、ポリープ下の腸壁を注射液で膨らませ、ポリープ自体を持ち上げて根元から縛り切り取るというものである。

2泊3日の入サの手術方はいたって簡単で、肛門から挿入した内視鏡で患部を見ながら、ポリープ下の腸壁を注射液で膨らませ、ポリープ自体を持ち上げて根元から縛り切り取るというものである。

2泊3日の入院中における検査および手術の進め方、病院での生活の仕方、そしてそれに伴い予期される症状などが表にして患者に配られる。そしてこの手術に関わる医師および投薬してくれる薬剤師が患者の病室を訪れ、詳しく説明をしてくださる。近年やかましく言われているインフォームド・コンセント(informed-consent)「説明と同意」であるらしいが、なるほど、これから受ける治療の内容がよく分かって安心できる。

午後からは腸内をきれいにするために時間差で効果が出てくる下剤が数種類と、そして食事は昼、夕とも腸内にあまり残らない低残渣食なるものが提供されるらしい。夕方、「また明日来るね」と言って病院をあとにする。

さて手術当日、今朝からは絶飲食らしい。枕元には水の入ったでかい容器がほぼ空になって置いてある。下剤の入った水溶液だそうでこの2リットル入りのパックを、時間をかけて飲むのだという。そして便をすっかり出し切って腸内がきれいになったところで手術室へと向かうらしい。

早朝家を出てきたので、私は朝食をまだ摂っていなかった。で、パンとお茶を持参したのであるが絶食中の患者Aの前で食べるわけにもいかず外へ出ようとしたら、ここで食べろという。寂しがりやの患者Aの要望に応えて、出来立て玉子サンドをAの鼻の前でちらつかせながらぱくついた。

大容量下剤水溶液を飲み終えた患者A、食いしん坊なのに昨夜からの低残渣食に加え今朝からは絶飲食とあって腹にも力が入らぬらしい。することもなくテレビのイヤホンを耳につっこんだままうたた寝をしていたと思ったら、突然ベッドの上に飛び起きた。

「もれた…」

2リットルの下剤は効果覿面、便意を脳に伝えるより早く反応した臓器は肛門という難関を易々と通過させ、患者Aの下着には大きな黄色いシミが描かれていたのである。小股で歩いてトイレにたどり着き用を済ませたあと、患者Aの着替えを手伝う。顔を見合わせてふたりでクスクス笑いながら、その時患者Aはふと動きを止めてつぶやいた。

「書くなよ…」

大容量2リットル下剤溶液の効果もあって人より長いといわれていた患者Aの腸内もすっかりきれいになった。トイレへ行くたびに看護師さんがその排泄物を見分してくださり、手術室へのゴーサインがおりる。

私は手術室前で待機。患者Aはお尻の部分が開いた手術衣に着替えて、不安そうに順番を待っている。先に手術を受けたらしい患者が顔を歪めて出てきた。その様子を不安そうに眺めながら、ここでも甲斐甲斐しくお世話くださる若い看護師さんに問いかける。

「あないに痛いんでっしゃろか…」

通常136の患者Aの血圧、この時の数値158であった。

いよいよ患者Aの順番が回ってきた。看護師さんに支えられ手術室に入っていく患者Aに廊下を隔てたこちらから口の形だけで「がんばれ」を送る。患者A、小さく手を上げて応えた。

待ち時間を本でも読んで過ごそうと用意したにも関わらず、あまり読み進まないうちに20分もすると手術が終わって患者Aが出てきた。点滴をぶら下げたままなので手術衣から病衣に着替えるのを手伝いながら「どうだった?」と様子を尋ねる。「なんや、気持ち悪かったわ」と言いながらもほっとした様子。血圧を測るとすっかり平常値に戻っていた。

大事をとって車椅子で病室へ戻る途中、脳神経科の主治医と出会う。

「あれ、Aさん、今日はどうしました?」
「はあ、大腸ポリープでひっかかりましてなあ。今手術終わったとこですわ」
「そうですか、ま、取れたんなら大丈夫でしょう。ゆっくりしてってください」

そんな遣り取りを聞きながら「いやいや、病院にはゆっくりしとうないです」と心の中でつぶやいた。

翌日、経過良好ということで無事退院。摘出したポリープは病理検査に出され、10日後の検査結果を仰ぐこととなった。そしてその審判が下る日を迎えたのであるが、結果は良性ということであった。

検査結果を待つ10日間、悪い結果を考えなかったわけではない。
「悪かったらすっぱり切り取ってもらったらいいよ」とか「歳が歳やしね、病気が先か寿命が先か分からへんで」と憎まれ口をたたきながら、内心は不安でいっぱいであった。皆から「よかったね」という電話を受けて喜ぶ患者Aを見ながら、しばらく悩ませた胸をほっとなでおろしたのであった。

「こんな粗相を書かれたら生きてられへん」というからには細心の注意を払わねばならぬ。ここまでの文章、どこをどう読み返してみても、患者Aが誰かは判るまい。

よし、これでまた親孝行が出来たというもんだ!




 

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