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エリ、満面の笑顔です!
講堂で執り行われた厳かな入学式
 
サークル勧誘の若者でいっぱい!
☆普段は静かな正門前も…
(カーソルを近づけると写真が替わります)
 
私がかつて所属したクラブ「アメ民」の皆さん
現在は「軽音楽部」となっているそうです
 
音楽館
 
文学館

 

 

 


        
        
          § 入学式 §


娘が大学1年生になった。フロリダで高校を卒業し、その後ニューヨークで大学生活をスタートさせたものの途中で方向転換、結局二十歳で新たなスタートをきることとなった。選んだ学校は私もかつて学んだK女学院である。

昨年の受験シーズン、娘がK女学院を受験するにあたり母としていろいろ気をつかった。我が青春の大学生活は勉学はともかくとして存分に楽しんだので(NY便り#48「母娘の像」参照)、かつての母の成績が娘の受験の足を引っ張りかった。我が青春の大学生活は勉学はともかくとして存分に楽しんだので(NY便り#48「母娘の像」参照)、かつての母の成績が娘の受験の足を引っ張りはしないかと危惧した。取り寄せた入試要綱には、「本学を卒業した姉妹あるいは母、祖母の卒業年度」を記入する欄があったからである。

同じように学生生活をエンジョイした親友Rも、2年前に娘がK女学院を受験した時、私と同じ思いに至ったらしい。密かに大学入試課に電話して、「母親の在学中の成績が娘の受験の合否に影響するのかどうか」を問うたという。そのあまりにおずおずとした物言いに入試課の人は、この質問者が決して「優秀な成績で卒業したその成果が娘の入試に有利に役立たちはしないかと期待する母親」ではないことを一瞬にして察知し、そして優しい笑い声とともに「大丈夫ですよ、お母様の成績がお嬢さんの入試に影響することは一切ございません」という、真にありがたい回答をくださったという。

それを親友から電話で聞き一安心、二十歳になるのに自分の帰属している社会が定まらぬ不安にいらいらする娘を尻目に私は安らかな気持ちで娘の入試に臨むことが出来た。そして無事に合格、桜がちらほらと咲き始めた中、今日の入学式を迎えることができたのである。

K女学院は1875年、米国伝道会から派遣された宣教師、イライザ・タルカットとジュリア・ダッドレー両女史によって開かれた学校である。キリスト教の精神に基づく人格教育を謳い、固定観念に捕らわれることなく、自律し、判断し、行動する「自主性」を備えた人格の育成を目指す。そしてその教育指針には、「人間が調和的発達を遂げるには、狭く専門的であるよりも幅広くバランスのとれた知性や理性が必要である」という「全人教育」としてのリベラルアーツの理念が掲げられている。

と、K女学院の学校案内に目を通しながら、若き日に自分がいかに素晴らしい環境に置かれていたのかにあらためて気付いた。もしも在学当時にその恵まれた環境を自覚していたなら、「自らが求めて、主体的に問題意識を持ち、問題提起にとどまらず、問題解決に向けての思考能力を身につける」というリベラルアーツの理念はもっとアカデミックな方向に活用されていたかもしれない。卒業後30年どっぷり専業主婦をやってきた母は、今日もスーパーで半把258円というべらぼうな値段の白菜を相手に問題意識を持ち、「ビタミンC摂取のためにこの法外な値段に甘んじるべきか」という問題提起にとどまらず、「この白菜に代えて1本198円の大根でビタミンCを補いなおかつジアスターゼを摂取する」という問題解決に向けて持ちうる限りの思考能力を発揮させる毎日である。

入学式が行われたのは学校の講堂。30年前と変らぬ厳かな雰囲気の漂う場所である。私も同じ場所で院長や学長の訓示を聞き、そして生涯の友人を得た日々へと漕ぎ出したのである。久しぶりに訪れた母校で在学生の新入生へ向けての歓声を聞きながら、懐かしい校舎の陰から、何の屈託もなく過ごしたあの日の私たちの笑い声が聞こえてくるような思いにとらわれた。

さあ、娘よ、母と同じ学びの園で貴女はどのような日々を送るのであろう。前夜の嵐のようなお天気も一変、この日のすっきりと晴れ渡った4月の真っ青な空が、まるでこれから娘たちがそれぞれの夢を描いていく真っ白なキャンバスのように思えた




 

 

 

 

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