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貸し出してもらった検査結果
これを持って後日主治医のところへ

 

 

 


        
        
         § 救急外来25時 §


テレビのニュース番組で今日の出来事をひととおり見終わった頃、電話が鳴った。

「あのなあ…どうも頭がふらついていかん。真っ直ぐに歩けんのや…

その元気のない声を耳にしたとたん、かつての救急車騒ぎを思い出した。母の入院で父が独り暮らしを余儀なくされていた頃、しばらく「家においでよ」と一緒に暮らしたことがある。秋に母が亡くなった年の夏の頃であったかと思う。毎日の母の見舞いと希望を見出せないことのストレスで父も相当疲れていたのだろうと思う。

夕食のあと座敷に横になってテレビを見ていた父の様子がおかしい。ぼんやりと天井を見上げたまま動かない。「おとうさん、どないしたん?」と覗き込むと「なんぁ…ちかあが…あいらんのぁ…」とつぶやく。これはおかしいと皆で大騒ぎしながら救急車を呼んで病院へ走った。幸い脳梗塞の軽いものであったのと処置が早かったためにさしたる後遺症もなく数日の入院だけで家に戻れた。

それにしても脳がやられると本当に言葉が怪しくなるものだ。見事にラ行の発音が出来ていない父を見ながら「呂律」「ロ列」とも書くのかもしれないと思ったから、案外私は危機に対して強いのかもしれない。

そんな騒動を思い出したので、今回もすわ、脳梗塞かと案じた。すぐに行くからと電話を切ってかかりつけの病院へ連絡。しかし生憎その夜は脳神経科の当直医はおらず結局ポートアイランドの神戸中央市民病院を紹介してもらった。深夜の高速道路をすっ飛ばすこと小一時間、父の家に到着すると父は手を貸さないと歩けないほどである。しかし今回は、呂律は案外はっきりしているのでそう慌てずに病院へ向かった。

さて、深夜25時、救急外来のドキュメンタリー報告である。

しんと寝静まった巨大病院の救急マークだけが目に付く入り口を入ると、そこは着の身着のままで駆けつけた人たちで溢れていた。受付のカウンターに次から次へと不安な思いを持ち込む。頭が痛い…と呻く母親を背負った息子らしき青年を連れて、父親が受付に駆け寄る。「さっきから頭が痛い言うて苦しんでますねん。脳内出血かもしれへん、早よ診たってえな」

寒い夜であったせいか小太りの体に更に着込んでころころになった中年女性が父親らしき老人を連れてきている。「どうされましたか?」と尋ねる看護師に、「薬を台紙ごと飲んでしまいましたんや」とうんざりとした様子で答える。横ではその当人が老いた身体をさらに小さくして「つるっと喉にはいってしまいましたんや」と身振り手振りで補足する。

「つるっと喉にはいってしまいましたんや」と身振り手振りで補足する。

アルミの硬い台紙に包まれた錠剤。それを、台紙を破って取り出さずに台紙ごと飲んでしまう老人がいると聞いたことがある。俄かには信じられない話であったけれど意外とそういう老人は多いそうだ。そしてアルミの硬い台紙の角が内臓を傷つけ、これが深刻な事態を引き起こすことも少なくないというから、そういう事故を防ぐためにかつては1錠ずつ折り取れるようになっていた台紙の切れ込みが、最近では一列ずつになっている

救急外来に駆け込んだご当人を思うと不謹慎極まりないが、目の前で繰り広げられた「ウソのようなホントの話」のやりとりがまるでベテランの浪花しゃべくり漫才を見るようで、笑いを堪えるのに苦労した。あのおじいさんの身体から、無事に台紙付きの錠剤が排泄されますように…。

小学生と思しき少年を連れた母親が駆け込んできた。「子どもが吐いてまして…」と説明をする傍らで「うぅ…おかあさんまた…」と言うやいなや少年は吐いた。しかし母親の行動は素早かった。手にしていたスーパーの袋をさっと拡げ、その吐しゃ物が床を汚す前にきれいにキャッチ。それをキュッと縛って手提げ袋の中にしまうと新しいスーパーの袋を手に次の事態に備えながら、受付の手続きに戻った。子育て真っ最中の母親はたくましい

待つこと30分、父の名が呼ばれ診察室に入る。この神戸中央市民病院、中央というだけあって救急外来も充実している。内科、小児科、外科、循環器科、胸部外科、脳神経外科、整形外科、産婦人科、麻酔科、放射線科の各科に対応し、そこではアメリカのテレビ番組「ER」を彷彿とさせるようなドラマが繰り広げられる。診察室には6床のベッドがカーテンで仕切られ、それぞれのコーナーで専門医による診察が行われていた。

隣のベッドから激しい言葉が部屋中に響き渡る。それを担当した研修医が静かに冷静に聞き取る。どうやら高熱を出した小学生の息子を担ぎこんだのに医者の対応が遅い、受付の順番にかかわらず重篤な患者から先にみるべきだ、うちの息子は飲まない食べない熱が下がらない、どうみても重症患者だと、看護師の問診だけでいっこうに始まらない治療に苛立っての訴えのようであった。

確かにその父親の心情は理解できる。医者にとっては患者のうちのひとりでもこちらは言うまでもなく当事者である。それが大事な肉親となると「早よ診んかい」と怒鳴りたくなる気持ちもあながち否定は出来ない。

しかし救急外来の当直に当たった医者たちも真剣そのものである。ぞろっとした白衣などを着ている者はひとりもいず、皆がチノパン、ポロシャツのような動きやすい服装の上に不織布のエプロンですっぽりと身を包んでいる。手術室に駆け込んである患者を治療したあとすぐにそれを脱ぎ捨て、新しいものに着替えて次の患者に対応するという、あの使い捨て手術着風エプロンである。父を担当してくれた若い医者もそのエプロンに身を包み、首からは携帯電話をぶら下げ、てきぱきと診察と検査を続けてくださった。歩いている医者などいない。どの医者もまさに走り回りながら、次々と駆け込んで来る救急患者に対応していた。

救急車で運びこまれる場合は事前の連絡があるから早急な治療が期待できるとしても、自力で救急外来に駆け込んでくる患者の数は予想出来ない。当直の医者の数と患者の数、その比率によってはやはり待たされる患者も出てくるだろう。決して手遅れということが起こってはいけないから、予想される患者数を上回った時にどう対応するかが今後の救急医療の課題のひとつかもしれない。

さて、採血と心電図検査に始まった父の診察、点滴、CT検査、MRI検査と詳しく調べていただき、幸いなことに脳梗塞を思わせる所見はないということであった。もともと三半規管が弱いので、季節の変わり目になるとめまいを起こすことがよくあった。今回も脳とはまったく関係ないと分かるといっぺんに元気になった。

毒などいらぬ、示し合わせて「なんや顔色悪いでんなあ…」と3人で時間差攻撃をすると本当に病気になるといわれるほど、単純かつ思い込みの激しい父である。この度はこのシンプルな性格が幸いして、病院を後にする頃には「腹が減ったなあ…」と言い出した。かくして明け方4時過ぎの終夜営業チェーン店で、夜明けのコーヒーならぬ夜明けのうどんを父とすすったのでありました。

 



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