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瀬戸大橋からの風景
アンパンマンの作者やなせたかし氏が高知県出身だそうで土讃線にアンパンマン号が登場

特急南風アンパンマン号
(アンパンマンの作者のやなせたかし氏が
高知県の出身だそうです)

JR琴平駅
奥のおじさんが一日中うどんを打つ
☆宮武うどん
☆宮武うどん
名物ひやあつうどんとゲソ天
賑わう店内
☆山下うどん
名物ぶっかけうどん
786段の階段が続く参道
 
☆365段までは駕籠がある
ようやく本宮に到着!
 
境内から讃岐平野を見晴らす
奥書院の花丸図(伊藤若冲)
この看板に惹かれました
☆醤油味のソフトクリーム

 


        
        
         § こんぴら参り §


元来運動嫌いである。体育全般、身体を動かすことは好まない。この豊満な腹と振袖のような二の腕さえなければ、腹筋運動だって腕立て伏せだってまっぴらごめん、日がな一日寝っころがってテレビを観たり本を読んだりしていたい派である。子どもたちには申し訳ないが、小さい頃からアウトドアで情操教育を―というのには程遠かった。しかしありがたいことに成人した子どもたちは私に似ずアウトドア派、寸暇を惜しんで出かけていく。ただそれが、日が落ちてからというのがちと気にはなるが…。

その運動嫌いが先日一大決心をして運動靴を履いて出かけた。こんぴら参りである。

「讃岐のこんぴらさん」の名で親しまれている金刀比羅宮(ことひらぐう) は、四国は香川県琴平町、琴平山(象頭山)の中腹に鎮座する。山の中腹だから麓の参道から大門を経て本宮に参るにはなんと階段786段を登り詰めねばならないのだ。

そもそもこのこんぴら参り、友人に誘われた時はあまり乗り気ではなかった。幸せなことに帰国後はあちらこちらの友人からお誘いがかかる。長の海外生活、さぞ食生活は貧しかったろう、美味いもんを食べにいこうと声がかかる。折しも食欲の秋、ほいほいとお誘いすべてに乗っていたらどんどん体重は増え、駅の階段を昇ることさえ難儀していたこの頃である。それがなぜ786段の階段があるにも拘わらず行くことを決心したかというと、それは「讃岐うどん」である。

加ト吉の冷凍うどんというのをご存知だろうか。うどんといえば製麺所の袋入りゆでうどんに慣れていたから、この冷凍うどんに出会った時はそのコシの強さに驚いたものである。これなら手打ちうどんのお店にわざわざ出向かなくとも家庭で美味しい手打ちうどんを食することが出来る。おそらく加ト吉の冷凍うどんは発売当時、世間のうどん市場を刷新した商品であっただろうと思う。かつてはコロッケやエビフライなどを作っていたというこの加ト吉、いまではその売り上げのほとんどをこの冷凍うどんが占めているのだとか。冷凍うどん開発に20年の月日をかけたというこの企業、讃岐地方にある工場では日に20万食の冷凍うどんが生産されているそうだ。

ではなぜ美味しいうどんが讃岐地方にあるのか。この讃岐地方は雨が少ない瀬戸内温暖気候である。それは小麦の育成に非常に向いている。そして近海ではいりこだしとなるカタクチイワシがふんだんに獲れ、高知はカツオの漁獲で有名である。香川は塩田で有名、小豆島では美味しい醤油が作られている。良質の小麦に塩、だし、しょうゆとくれば、これは美味いうどんが必然的に出来上がるのである。

そして讃岐うどんは遣隋使として中国を訪れた空海が、建築技術や土木技術などと一緒にうどんの打ち方を持ち帰り、後世に伝えたといわれている。なんでも、美味いうどんを打って弟子たちに「くうかい?」と勧めたそうである。

というさぶ〜いオヤジギャグと共に、讃岐うどんについてあれこれ教えてくださったのは「うどんタクシー」のKさんである。琴平バスが行っているこの「うどんタクシー」というサービス、うどんについての薀蓄を聞きながら有名うどん店へ案内していただくというもの。新幹線とJR土讃線を乗り継いで琴平駅に昼前に到着、ほどよい空腹を抱えてまずは「宮武うどん」を訪れた。

この「宮武うどん」、讃岐でも人気の店で土日ともなると行列が出来るのだそうだ。名物はうどんとだしの組み合わせが選べる「ひやあつうどん」。つまりうどん麺、だし、それぞれに「冷」か「熱」かを選べる仕組みになっている。運転手さんお薦めの「めん冷だし熱」にこれも名物のゲソ天を注文、もう1軒廻るからというアドバイスもありうどん玉ひとつの小盛りをいただいた。因みに運転手さんはここ1軒で昼食を済ませるのでうどん玉ふたつの中盛りである。もっと食べたい人にはうどん玉3つという大盛りもある。

麺が冷たいから手打ちうどんのコシは強く、それに熱いだしをかけてさらさらといただく。大きなゲソ天を載せてこれだけでほとんど満腹である。店の構えは普通の民家かと思うほど何気ないもの。そこへつぎつぎと客が訪れて途切れることがない。店に入ってメニューを眺めて注文を考えているのは観光客だそうで、地元の常連さんは入ってくるなり迷うことなく「ひやあつ大盛り一丁!」ってな具合である。

2軒目は「山下うどん」。こちらは幹線道路沿いの大きなお店。駐車場も広いのでトラックの運転手さんなど、仕事途中に立ち寄ったという様子の客が多い。この店の名物は「ぶっかけうどん」ということで手打ち麺に冷たいだし、あるいは熱いだしをぶっかけていただく。

麺はここでも冷たいものか熱いものかを選べるので基本的には「宮武うどん」と同じである。冷たい麺に冷たいだしをぶっかけていただくうどんは「畏るべきコシ」だそうで、それを試してみる。なるほど麺なのにしこしこ、2杯目だというのにきれいさっぱり平らげた。こちらのお店はうどんのほかにおにぎり、お寿司、おでんなどが置いてあり、このあとの階段登りがなければ腹いっぱいになるまで試してみたいところであった。

どちらのお店もテーブルには土生姜がおろし金と共に置いてある。客はそれぞれ好みに応じて自分で生姜をすり薬味に加える。刻みねぎと生姜だけのあっさりとした風味で、やはり本場讃岐手打ちうどんは美味かった。

さて腹ごしらえも済み、いよいよこんぴら参りである。ここでちょっとズルをした。本来ならば麓の参道からの階段登りであるが、このうどんタクシーで金刀比羅宮境内入り口の大門まで送ってくれるというのである。この大門は階段365段の位置にあるから約半分は楽ができる。ということで悠々366段目からの階段登り開始と相成った。

大門あたりを見回せば、365段をふうふう言いながら登ってきた参拝客が小休止をとっている。ここまでは駕籠屋さんも営業しており、一人乗りの駕籠で運んでもらう参拝者もいる。古い石段に影を落とすのは今が盛りの紅葉である。しばらく行くとこれが本来の目的である書院が見えてきた。

金刀比羅宮は今年、33年に一度という大遷座祭を斎行した。そしてその記念事業の一環として非公開の奥書院を125年ぶりに一般公開するというのだ。江戸時代の画家として近年最も高い注目を集める伊藤若冲による「花丸図」、そして岸岱の「群蝶図」などの障壁画を見られるということがアメリカのタイム誌に大きく取り上げられており、アカデミックな友人がいち早くその情報を知らせてくれた。1879年の琴平山博覧会以来125年ぶりというのだから生きている間にめぐり会えたことだけでも幸運かと、この展覧会も私にとっては讃岐うどんに次ぐ、こんぴら参りの動機ではあった。

なるほど障壁画という性質上、それをどこぞの美術館に移して公開するというわけにはいかないということに納得である。襖と壁に描かれた絵は建物全体を包み込んで独特の世界を描き出す。総計201点の花が描かれているという若冲「花丸図」の写実性に息を呑みながら、水辺に群生する菖蒲の襖絵には飛び交う鳥を追う岸岱の視線に想いを馳せた。

表書院には丸山応挙の作品が並ぶ。水呑の虎、八方睨みの虎で有名な「遊虎図」は、当時日本に虎が居なかったために、文献と虎の毛皮だけを見て想像で描いたというものである。そういえば野性味溢れる虎というよりも、どことなくじゃれあう猫に見えるその風貌に親しみを感じた。

そして圧巻は床の間の「瀑布図」。荒々しい滝の流れが書院の庭に設えた池に流れ込むように描かれている。夏の盛りにこの部屋で客をもてなす時、その座布団の位置で涼を感じることが出来るのではないかと思えるほど、床の間だけには収まらぬ作品であった。

両書院の作品をたっぷり堪能したあとさらに階段登りを続け、ようやく本宮まで辿り着いた。境内からは讃岐の町が一望である。遠くは瀬戸大橋、そして広々とした讃岐平野に点在する小高い山々、讃岐富士という姿のよい山を見つけた。

登りはちょっとズルをしてしまったので下りだけでも全部自分の足で降りようと階段を下る。ところがどっこい、下りは予想外にこれまた難儀した。最初の頃こそ調子がよかったものの、意外と足にくる。膝、アキレス腱のあたりに結構負担がかかり、途中の茶店で甘酒をいただきながら小休止。美味しいものをいただくと元気は盛り返す。後は調子よく参道脇のみやげ物屋を覗いたり、しょうゆソフトクリームという看板に惹かれて不思議な味を楽しんだり、最後まで食い気いっぱいのこんぴら参りであった。

ところで同行したこの友人、私がニューヨークに居たときに遊びにきてくれたものの、ニューヨーク大停電に遭遇し、ミュージカルもメトロポリタンも断念した友人である。おまけに地下鉄が止まったため自宅アパートまで2時間歩いて戻り、エレベーターが使えなかったので24階の自室まで階段を昇ったという経緯がある(その顛末はNY便り#4をご覧ください)。

その時ヘロヘロになった体力を反省し、夜中のおにぎりと大福餅をきっぱりと止め週2回ジムに通う彼女、こんぴら参りを終えた後も『もう2回くらい登って降りてこれそうや』とまだまだ元気である。そういう彼女とは裏腹に、日ごろ猫と同化したような喰っちゃ寝の生活をしていた私、運動不足が崇りふくらはぎの筋肉痛からその後数日、自宅の階段の昇り降りに難儀するはめと相成ったのでありました。

 


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