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フロリダのご近所ビンクス
 
我が家へやってきた頃のビンクス
 
当時は小さくてオクターブにも届かない
 
キャリーの中で縮こまるビンクス
この格好で日本へ来ました
 
プロジェクトを組んで集めた証明書類
 
1週間ごとに関空へ
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1週間ごとに関空へ
 
関空内にある動物検疫所
 
検疫官の前で神妙なビンクス
 
箱入りビンクス

 


        
         § プロジェクト ビンX §

−BGM:中島みゆき「地上の星」フェードイン
♪風の中のすぅばる〜 砂の中の銀河ぁ〜 みんな何処へ行った〜 見送られることもなく〜…♪

−田口トモロヲ風ナレーション
フロリダに猫、いた。
身体、デカイが気性、小さかった。
人前に出ると震え、唯一の皮膚である肉球、汗ばんだ。

これは、そんな気弱な猫がアメリカから日本に渡った物語である。

と、NHK風に書き始めたものの、「てにをは」がないと落ち着かないので文体を普段に戻す。

フロリダにいた頃、近所に姿のよい黒猫がいて私によく懐いた。朝、ガレージからはいってきてドアの前で「来たで〜」と鳴いた。ドアをあけるとまるで当然のような足取りで我が家へ入ってきて、私の周りで寛いだ。右も左も言葉も解らぬ異国で黒猫は言葉を使わずに私と意志の疎通をこなし、日々の寂しさを紛らわせてくれた。半年も過ぎた頃、その黒猫がぱったりと現れなくなった。毎日来ていたものが3日過ぎても1週間が経っても、2度と姿を見せることはなかった。

ある日、お世話になっていた娘の家庭教師のアメリカ人女性が、生まれて5週間の子猫を連れてやってきた。近所の黒猫が来なくなって落胆する私の為に、真っ黒ではないけれど黒白の子猫を探してきてくれたのだ。

実は動物を飼ったことがなかった。生き物は自分の子どもたちだけで手いっぱい、おまけに借りていた家がペット禁止だった為に猫を飼える状態ではなかった。しかし、彼女の好意を無にするわけにもいかず、2、3日預かったあと事情を話して返そうと思っていた。

ところが、である。生まれて5週間、親兄弟と引き裂かれた子猫は親の温もりを探して辺りをよろぼい歩いた。そして胸に抱き取ると、まるで母親の鼓動を探り当てたかのように私の懐の中で安心して眠ってしまった。片手の掌に載るほどの頼りなげな軽さであったけれど、命の重みをずしりと感じた瞬間であった。そして当然、離れられなくなった。

一体どれほどの猫が、人間の子のように成人(この場合は成猫か?)するまで親兄弟と一緒に暮らせるのだろう。5週間という日数は母親の乳を貰う為に生まれる前から決められていた短い短い安息の日々である。それが過ぎれば親兄弟と引き裂かれてちりぢりに何処かへ貰われていく。

親切な人間に貰われればまだよい。野良になったり悪い人に出会って虐待される猫は数知れない。縁あって我が家へ来た子猫、それならば一生肉親にまみえることもないだろう君の一生は引き受けた、今日から私が君のお母さんだよと小さな寝息をたてる子猫を撫でながら語りかけた。名前は、姿を現さなくなった近所の黒猫の「ビンクス」を頂いた。

こうして我がビンクスとの「愛の暮らし」が始まったわけであるが、この猫、どうやら生まれつき膀胱が弱いらしい。英語の不得手な日本人家庭で生き延びる為に、血尿を垂らしながら頑張ったビンクスの獣医院での顛末はニューヨーク便り#34「ニューヨークの歯医者さん」に詳しく書いたので、是非そちらをご一読いただきたい。

そして一時居住者の日本人家族が帰国することになった訳であるから、当然アメリカ生まれのビンクスも遥か太平洋を渡ることとなった。が、ここで大きな問題が立ちはだかった。動物の検疫である。

猫をアメリカから日本へ持ち込む場合、最短2週間を空港の検疫所に留め置かれる。只でさえ内気、気弱、人前では震える猫である。それが見知らぬ人の世話で2週間、一体どうなるのか。

毎日、尿は出ているか、水は飲んでいるかを観察しながら、そして膀胱によいといわれる薬草を餌に混ぜて処方せねばならない。それほど世話をかけているのに当のビンクスはそ知らぬ顔で、就寝する前に子どもたちに猫パンチを一発ずつ見舞っておやすみなさいを言う。内気ではあるが家族には横柄で、どうやら自分の位置を子どもたちよりも上とみなしている節がある。従うのは母親である私だけで、夜になると私の懐に入って大息をひとつつきムニャムニャと眠る。悪い夢を見た夜は両前足の肉球で私の顔をまさぐって存在を確認してから、安心してまた眠る。朝早くに目覚めると「ごはんごはん」と鳴きながら痛くない程度に頬を噛みにくる。

とまあ、かような甘えん坊ぶりであるので、如何に親切な検疫官にお世話になろうとも、2週間を檻の中で過ごすというのは猫そのものはもちろんのこと、私自身もストレスが溜まりそうと予想出来た。で、プロジェクト ビンXの起案である。

まず、関西地方に帰るので成田ではなくて関西国際空港の検疫所に相談した。若い検疫官は猫の輸入についての詳しい方法を丁寧なメールで教えてくださった。そして、2週間の検疫期間に如何に不安を抱いているか、我がビンクスが膀胱を病んでおり、いつも尿が出ているか観察が必要であり、もし尿が出なくなったら24時間以内に処置をしないと生命にかかわること、そして何よりも神経質な性質であるので慣れない環境にストレスを生じ持病が悪化する事を懸念していると切々と訴えるおばはんに、何ともうれしい提案を下さったのである。

自宅検疫。生後まもない猫や老猫、あるいは検疫所での係留が困難と思われる理由のある猫に関して一定の条件を満たせば、自宅を検疫場所として許可してくださるというのだ。

一定の条件とはこうである。

まず、検疫所での係留が困難であるという獣医師の診断書があること。そして、係留場所とする自宅の一室が完全に外部と遮断できること。万が一、自宅係留中に病気になって獣医師にかかるときは、他の動物と接触させないように往診を依頼すること。そして毎日2度のきめ細やかな観察を記録し、1週間ごとに空港検疫所まで検査に出頭すること。

はいはい、なんでもやります!とばかり、狂犬病予防接種を受ける獣医師を訪れた。幸いニューヨークに移ってからは元気なビンクスである。しかしフロリダでの膀胱炎騒ぎの顛末を詳しく説明し、なんとか自宅検疫の為の診断書を入手せねばならぬ。

この医師を訪れるにあたって、息子をプロジェクト要員として日本から呼び寄せた。意思疎通をスムーズに図るための通訳としてである。息子は息子でさらに語学力強化のためにネイティブスピーカーのガールフレンドをフロリダから呼び寄せた。どうも事にあたって己のフンドシで相撲を取れない家族のようである。そして、総勢4人と1匹、いざ獣医院を訪れた。

まず当のビンクスは医院の住人らしき元野良猫に一睨みされて縮こまり、すごすごと狂犬病予防注射を尻に受けた。そしてかくかくしかじか、ブラブラブラ…と息子とガールフレンドが説明すると即座に「OK!」と診断書ゲットと相成った。気合を入れて臨んだわりには意外にあっけなく事は済んだのである。

そして証明書に必要なアメリカ農務省発行の裏書はクロネコヤマトの宅急便、ヤマト運輸の方が奔走してくださりそれも目出度く入手、かくて狂犬病予防接種証明書および狂犬病にかかっていないことの健康証明書、そして自宅係留が必要であることの診断書の必要関係書類一式を手にいざ飛行機搭乗となったのである。

実はこの日にさきがけ航空チケットを予約する際、いまひとつ問題が生じていた。

前回フロリダからニューヨークへ飛行機で移る際は、ビンクスは2歳であったので体重も5キロそこそこであった。何の問題もなく客室に持ち込めたのであるが、今やニューヨークの狭いアパート住まい、運動不足が昂じて飼い主同様肥満傾向にあった。客室持込はケージ共で15パウンドという規則があるらしいのだが、ビンクスの体重はすでに14パウンド(6.5kg)を過ぎているのでケージの重さを入れるとどうしても約1kgの超過である。

客室に持ち込めないとなると貨物室、シベリア上空で凍えてしまわないか、乗換え空港で果たしてうまく関空行きの便に積み替えてくれるか、心配し出すとキリがない。大体人間の場合、客室に乗り込むのに体重制限なんて聞いたことがない。なんで動物だけがダメなん?とは思うものの、航空会社のそういう規則ですと言われてしまえばそれまで。そこで、チェックインの際、ひとつ勝負に出ることにした。

ここで、引越し手伝いと謳いながらなにもせずに3週間を過ごした息子の登場である。

アメリカの企業や公的機関の窓口というのは、往々にして受付けてくれる人によってその対応が違うことがある。ある窓口で断られたことが違う窓口で依頼するとすんなりOKになったということがあるのだ。個人の権限を大事にしているのか、内部規律の周知徹底に欠けているのかは知らぬが、このいい加減さが時には強い味方となることがある。

まず搭乗チェックインの時、人のよさそうな話好きそうな動物好きそうなおばさんの窓口を選んだ。この際、強面のおっさんはまずダメである。若いおねえさんも望みが薄い。優しそうな中年女性の窓口に進み、満面の笑みで挨拶を交わす。そして息子は猫連れの旅であること、その猫が神経質な性質で極力客室へ連れて入りたいこと、親の私がそれを切望していることを訴える。その横で私は猫をこよなく愛する母親の不安げな顔をつくる。

受付の女性はどうやら猫のことには詳しいらしい。そうよね、猫は神経質だから貨物室は可哀相ねと言いながら私に同情的な目を向けてくれた。ここまで来ればまず大丈夫、息子はすかさず丁寧に感謝の言葉を述べる。ペーパームーンのような親子連携演技力をもって、どうやら体重オーバーの問題はクリアである。おまけに親切なこの女性、持ち物検査の際にX線は猫の健康に悪いから、ケージから出して抱いて検査ゲートを入るようにとアドバイスをくれた。

かくて2週間の検疫期間はもちろん、乗換え入れて15時間のフライトもビンクスと離れずに済むこととなったのである。

引越し手伝いと称してはるばる日本からやってきたけれどニューヨークで何もしないで3週間を過ごした息子はこの働きに免じて許すことにしよう。が彼はエコノミーで、私はビジネス席にビンクスと共に収まった。そして日本酒を頂きながら、快適な空の旅を堪能させていただいた。ビンクスが時折鳴いたので抱っこして落ち着かせたほかは、映画を観て過ごした。観たのはもちろんデブ猫主演の「ガーフィールド」である。

さて日本に帰国後、ビンクスは2週間の自宅検疫期間を無事に過ごした。1週間ごとの関空での検査は77歳の父が送迎を買って出てくれた。あらゆる人の助けを借りてプロジェクト ビンXは成功を収め、ビンクスはめでたく日本の猫になった。

これがお母さんの生まれ育った国だよ。美しい山、遥かな海、そして何より君の知らない四季があるんだよ。まずは美しい秋を見せてあげようと話し掛けたら丸くなった陽だまりでビンクスはシッポを振った。

 

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